粉飾された「釜石の奇跡」を、丁寧に洗い落として正す若者がいるという奇跡

 悪意ある粉飾「釜石の奇跡」を丁寧に解きほぐし、
 粉飾を削ぎ落そうとする若者がいる。
 偽物の美談のために将来の子どもたちが道を誤らないように。
 美談より事実の方が美しい場合がある。
という話。

f:id:kite-cafe:20200311172037j:plain(「東日本大震災 岩手県 釜石市」 フォトACより)

 

記事


本当は違う「釜石の奇跡」 24歳語り部が伝えたい真実

(2020.03.11 朝日新聞デジタル)

www.asahi.com
 小中学生3千人のほとんどが助かり、「釜石の奇跡」と呼ばれた。鵜住居地区では中学生が小学生の手を取って避難したと称賛された。でも「全てが本当のことだったわけではない」。あの時の中学生の一人、菊池のどかさん(24)は振り返る。この地区にできた津波伝承館で働き始めて1年。語り部として真実を伝えることの難しさを日々感じている。

《誤解があればできるだけその場で正すようにしていますが、十分わかってもらえたかどうか自信はありません。でも、震災直後に報じられたことと、私たちが体験した事実と違うことはたくさんあります。》

 県立大を卒業と同時に、「いのちをつなぐ未来館」に就職した。今度は助ける人になりたいと消防士や教師をめざしていたが、地元に防災教育の場ができると聞き、ぴったりだと思った。

 《避難のお手本のように伝えられてきたので、来館者の中には「釜石の子どもは全員助かった」と思って来る人もいます。》
 しかし、鵜住居地区の鵜住居小…

 (以下、朝日新聞デジタル有料会員限定記事)

 

【こんな大切ことを有料記事にするとは・・・】

 有料会員限定記事なので全体の3割程度しか読めないが、この記事一本のために980円を払う気になれないので、諦める。

 もっとも検索でこの記事に関するコメントを探すと、
“私たちが助かったのは消防団員の的確な指示や近所の人の助言のおかげ。運や偶然も重なって生かされたんです。一般的な防災教育だけではだめだと思う。地形を知ること、ふだんから近所の人たちと交流しておくこと……。やるべきことは多いと思います”

“実は私たちも最初から小学生の手を引いて逃げたのではなかった。いったんは自分たちだけ逃げたんです。これからはそういう真実も語っていかないと本当の教訓にならないと思う”
といった抜粋も拾えるので、内容の一部は分かる。

 また、釜石東中学校の生徒は震災直後から報告会や語り部活動で「釜石の奇跡」の真実を語っているので、丁寧に調べていくとネット上でもさまざまな記事を拾うことができる。そのため朝日新聞の記事の残りの部分もおおよそ推察できる。それで980円は払わずに済む。

 

【「釜石の奇跡」と「釜石の真実」】

 私たちの知る「釜石の奇跡」は実は、片田敏孝・東京大学情報学環特任教授による粉飾報告である。創作と言ってもいい。
 片田は2004年から釜石市の防災・危機管理アドバイザーをやっており、2011年の東日本大震災は彼にとってまさに奇貨だった。自らの手柄を誇張することによって片田は防災教育の専門家としてマスコミの寵児となり、当時は連日連夜テレビに引っ張りだこだった。

 しかし片田が大仰な自慢話をしているその間も、釜石東中学校の生徒・卒業生が地道な活動をしていたことを私は知っている。
 その一例が、早くも震災の年の8月に行われた報告会である。

www.nhk.or.jp 片田の創作では、
 中学生たちは教師の指示を待たず自主的に高台に向かい、小学校の屋上に避難している子どもたちに気づくと声をかけて一緒に行動することを促し、手を引いて坂道を駆け上った。そして生徒自ら、予定された避難場所が危ないと判断すると二度にわたって場所を変え、さらに高い場所を目指して移動して、全員、津波に飲まれることなく助かった。

――ということになっている。

 その様子は片田自身のレポート

wedge.ismedia.jpにも詳しい。しかし事実は違う。

 釜石東中学校の生徒は教師の指示によって屋外に出て、点呼もしないまま避難場所に向かうというのも教師の判断だった。
 最初の避難場所で点呼をとるとそこに小学生がやってきて合流する。その間も余震が繰り返され、裏山のがけが崩れる。
 副校長(*)は地元住民の助言でさらに高い場所を目指して移動を指示する。中学生が小学生の手を引いて避難する有名な写真は、このとき撮られた。

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*校長はこの日、校長会のために不在だった。

 第二の避難場所に着くか着かないかのタイミングで津波が押し寄せる。

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「逃げろ!」という大人の声で子どもたちは再び走り、これ以上は山しかないという地点まで行ってようやく止まる。

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 振り返って見ると、最初の避難場所は津波にのまれていた。間一髪のだったと言っていい。

 そうした様子は先に上げた「報告」に詳しいので是非とも読んでもらいたいところだが、片田の報告とはずいぶん違う。

 

【教師の言うことに従うと殺されてしまうのか】

 釜石では小中学生の全員が助かったわけではない。当日、病気などで欠席していた5名が津波被害に遭っている。片田の「小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない」はそこから来ているのだが、それを言うなら隣町の気仙沼市だって99.8%なのだ(11人/ 5688人)。
 さらに言えば、大川小学校で74人もの児童を死なせてしまった石巻市でさえ、全体でみると98.6%の子どもが助かっている。片田の指導のいかんに関わらず、学校は子どもを助けることができたのだ。

 私がこの件に激しくこだわるのは、「釜石の奇跡」が大川小学校の悲劇と対比され、
「釜石では先生の指示を待たずに動いたために全員が助かり、大川小学校では先生の言う通りにしたために殺されてしまった」
という形で報道、流布されたからである。
 マスメディアは学校を権力と考えており、教師を貶めることに余念がない。片田はそうしたメディアの性向をよく知って利用したのだ。

 津波であろうと火災であろうと学校が被災したとき、子どもたちが「てんでんこ」とばかりに勝手に逃げ出したら私たちは困る。子どもたちが全員、常に正しい判断をするとは限らないからだ。
 むろん大人も常に正しいとは限らない。しかし全員がバラバラに動くよりは、より正しい道が示せるはずだ。私たちは大人だから。

 片田は罪深いことをした。
 けれど2011年3月11日を釜石に生きた子どもたちは、それよりずっと誠実な生き方をしていると知って、私自身はほっとしている。

 (参考)

kite-cafe.hatenablog.com