万が一の危機に備えて、日常の危機を甘受できる大人たちがいる~文科省は「学校に携帯を持ってくるように」と子どもたちに言った

大昔のファミコンに始まって、
ポケベル、ゲーム&ウオッチ、ゲームボーイポケットステーション
たまごっち、ニンテンドーDSニンテンドースウィッチ、ニンテンドー3DS・・・
これまで幾千万の親たちが子どもの電子機器と戦い、敗れてきたことか――。
それにもかかわらず、今はスマホを持たせたい親たちがいて、
それを文科省があと押しする。

f:id:kite-cafe:20200626183437j:plain(「スマホを触る女の子」フォトACより)

 

記事


中学校へのスマホ持込、3条件のもと容認へ…文科省

(2020.06.25 リセマム)

resemom.jp


 文部科学省は2020年6月24日、学校における携帯電話の取扱い等に関する有識者会議を開催し、まとめ案を示した。小中学校では携帯電話の持込みは原則禁止だが、中学校では一定の条件のもと持込みを認めることが妥当だとしている。

(中略)

 審議のまとめ(素案)によると、学校への携帯電話の持込みについて、小学校は原則禁止とし、遠距離通学などやむを得ない事情がある場合には保護者から学校長に対して持込みの許可を申請させるなど例外的に認めることも考慮する。

 中学校は原則禁止としつつも、一定の条件のもと、持込みを認めることが妥当だという。中学校は、部活動に参加する生徒が多いため、小学校と比較して帰宅時間が遅くなる点も考慮した。学校や教育委員会が持込みを認める場合、一定の条件として、学校と生徒・保護者との間で「学校における管理方法や、紛失等のトラブルが発生した場合の責任の所在を明確にすること」「フィルタリングが保護者の責任のもとで適切に設定されていること」「携帯電話の危険性や正しい使い方に関する学校および家庭における指導が適切に行われていること」の3つの事項について合意がなされ、必要な環境の整備や措置が講じられていることが求められる。

 高校は従前通り、教育活動に支障がないよう配慮することを前提に、各学校で適切に定めることが妥当だとしている。

 これらの基本的な事項を踏まえつつ、各地域の実態に応じて適切に定めることが求められる。文部科学省は、7月中に全国の教育委員会などに通知する予定。

  


【学校がスマホの持ち込みを許可するのは、みんなに持って来いというのと同じだ】

 学校関係者で児童生徒の携帯持ち込みを歓迎する人はひとりもいない。それにもかかわらず、現場を無視して、何が何でも持ち込みを許可したいという文科省の情熱がわからない。

 学校が許可すれば小中学生のスマホ所有率はグンと上がるだろう、それは当たり前だ。子たちが学校に持ってくるものは、頭のてっぺんからつま先まで全部同じになってしまう。その原則は昔も今も同じだからだ。

 古くはボンタンと呼ばれたダブダブズボン。これが流行れば全員ダブダブになってしまう。女子に袴と見まごうロングスカートが流行れば全員ロング、ミニの時代はみんなミニ。ルーズソックス、茶髪・金髪、ガングロ、チャラ男――子どもたちは常にオンリーワンを訴えながら、オール・オブ・ワンにはまっていく。
 学校にスマホを持ってくる子が半分もいれば、あとの子も持たざるをえない。それに抵抗できるのは、ごくわずかの変わり者とエリートだけだ。
 しかしそれでいいのだろうか。

 

【万が一の危機に備えて、日常の危機を甘受する】

 はじまりは2018年6月に発生した大阪府北部地震を機に、万が一の場合の連絡方法を確保するために大阪府が「持ち込み禁止」を一部解除したことによる。しかしそうした大規模災害の最中に、携帯が使えるかどうかは不明だ。すくなくとも東日本大震災では、多くの地域で通話不能になった。

 一方、日常のレベルでは携帯が極めて危険な側面を持つことはよく知られている。
 出会い系サイト、コミュニティサイトによる児童買春、児童ポルノ、なりすましによる誹謗中傷、ネットいじめ、ストーカー被害。
 旅行情報を書き込んだための空き巣、ゲームなどによる高額課金、ネット依存。
 歩きスマホによる衝突や転落。イヤホン使用による周囲への注意低下(車に気づかない、不審者の追跡に気づかない)

 万が一のための携帯が日常的に子どもを危険にさらす――そんなことは分かり切っているのに、なぜ親は持たせたがるのか。

 要するにそれは便利だからだ。「今、部活が終わったから塾まで送って」といった子どもの要望に応えたい、そうしないと子どもは塾に行ってくれないかもしれない。帰りも電話一本で落ち合う場所と時間を決めれば簡単なものを、それがなければ10分も20分も塾の前で車を止めて待機していなくてはならない。そんなことはとてもではないが我慢できない――。

 ネットの危険は必ずしも我が身に降りかかるものではないが、警察や他の車からの目を気にしながら、違法駐車を続けて子どもを待つのは毎日のことだ。その負担回避のためだけでも、子どもの携帯所持は絶対に必要だ。多少の危険は承知の上だー―と、親は思っている。
 分からないわけではない。しかし事故も犯罪被害も、そうした甘さから訪れるのが常だ。
 一方、文科省の熱意は分からない。まさか多額の赤字にあえぐソフトバンクに、政府として手を貸そうというのでもないと思うが――。

 

【審議会のまとめは意外と平穏なものだった】

 しかし審議のまとめ(素案)は意外と平穏なものだった。

 学校と生徒・保護者との間で

「学校における管理方法や、紛失等のトラブルが発生した場合の責任の所在を明確にすること」

「フィルタリングが保護者の責任のもとで適切に設定されていること」

「携帯電話の危険性や正しい使い方に関する学校および家庭における指導が適切に行われていること」

の3つの事項について合意がなされ、必要な環境の整備や措置が講じられていること

 
学校が保護者から「いかなる理由があろうとも、携帯機器の破損紛失に関して学校の責任を問うようなことはいたしません」といった誓約書をとって、毎朝、子どもの携帯を回収してしまえばいいのだ。

 例えば朝、部活に行く前に郵便ポストのような保管庫に携帯を投げ込んで、帰りは昇降口のテーブルに並べた中から自分のものを選んで持ち帰る。なくなっても学校の責任ではない。
 それならほんとうに必要な子しか持ってこないだろうし、スマホを持つことに同調圧力もかからないだろう。ある意味、子どもが内緒で持ってきて、隠れて使うことに比べたらよほど安全なのかもしれない。

 決まったことだ。受け入れよう。
 毎日、放課後に担任が携帯を並べる作業は大変だが、文科省も世間も教師の多忙を苦にしない。毒を飲むなら皿までだ。
 それで問題が起こったら、責任は文科省に取ってもらえばいい。

 ↑

と言ってみたがそうはならないだろう。スマホをポストに投げ込むといった乱暴なことはできない。
 担任が毎朝回収して職員室に運び、放課後また取りに行くのがせいぜいだ。
 回収に5分、職員室への往復に5分ずつ、帰りの会での配布に5分、計20分が毎日犠牲にされる時間だ。

 ところが部活の最中に盗まれる、壊される、何らかの方法で中身が覗かれる――一切責任は問いませんとの誓約書があったとしても、それを盾に突っ撥ねることもできまい。
 生徒全員がスマホを持つことで広がるいじめや問題行動の対応も教員の仕事だ。

 しかし教員諸君、がんばろう!
 神様は見ている(かもしれない)。