キース・アウト

マスメディアはこう語った

日本の子どもは精神的に世界で最も不幸だと言われて、違和感を持たないとしたら、それはやはり異常だ

 ユニセフによる子どもの幸福度調査で、日本の子どもは体の健康の分野では1位となったものの、精神的な幸福度は37位だという(総合20位)。
 だが、こと子どもや教育について「日本はダメだ」とか「最低レベルだ」といった話が出たら、眉に唾をつけて身構えなくてはならない。
 そこには必ず虚偽か、過誤か、悪意があるからだ。

という話。

f:id:kite-cafe:20200904194609j:plain(「秋の公園で遊ぶ3人の子供たち」フォトACより)

 

記事

子どもの幸福度 日本は先進国など38か国中20位 ユニセフ調査

(2020.09.03 NHK)

www3.nhk.or.jp

子どもの幸福度をはかるユニセフ=国連児童基金の調査で、日本は先進国や新興国など38か国中、20位でした。体の健康の分野では1位となる一方、精神的な幸福度は37位となっています。

ユニセフは日本を含む先進国や新興国など38か国を対象に各国のさまざまなデータをもとに子どもの幸福度をはかる調査を7年ぶりに実施し、3日、その結果を発表しました。

それによりますと、1位がオランダ、2位はデンマーク、3位はノルウェー、そしてスイス、フィンランドと上位をヨーロッパの国が占め、日本は20位となっています。

調査では体の健康と精神的な幸福度、学問などの能力の3分野でそれぞれ順位をつけていて、日本は子どもの肥満の割合や死亡率などから算出した「身体的健康」の分野では1位でした。

一方で学問などの能力をはかる「スキル」では、学問的な習熟度は高いものの社会的な適応力で上位の国におとり、27位でした。

そして「精神的幸福度」では、15歳時点での生活の満足度の調査結果や若者の自殺率などから算出した結果として37位となりました。

今回の調査は新型コロナウイルスの感染拡大前に実施されたということで、報告書を執筆したユニセフ・イノチェンティ研究所のアナ・グロマダさんは「新型コロナウイルスの子どもたちへの影響は大きく、子どものメンタルヘルスは健康問題の一部として積極的に対策に取り組むべきだ」として、感染拡大を受けて一層の対策が求められると指摘しました。

子どもの幸福度の調査は7年前の2013年に31か国を対象に今回とは異なるデータももとにして実施されていますが、この時は日本は全体で6位でした。

 

【子どもの幸福度調査の曖昧さ】

 どこの国であっても自分の祖国が「ダメだ」「失格だ」と言われるのは辛い。ましてやGDP世界第三位、G7の一角を担い第二次大戦後最大の奇跡と言われた経済復興を果たした我が国が、子どもの幸福度38カ国中20位、精神的な幸福度は37位と言われれば傷つく。
 プチパニックに陥って、
「すごく衝撃的な数字になっています。このパラドックス(逆説)は何を意味するのでしょうか?」

とか
「最大の要因は日本の学校における『いじめ地獄』です」

2020.09.03 東スポ『尾木ママ「すごく衝撃的」 ユニセフ発表「子どもの幸福度」日本の数字にア然』
などと騒ぎ出す人が出てきても不思議はない。
 しかし暴れる前に、何が本当かを確かめることも必要だろう。

 尾木ママユニセフの調査報告書を見たのだろうか? NHKの記者もきちんと内容を吟味したのだろか? 英文だからといって忌避しなかったろうか?

www.unicef-irc.org
 しかし私は見た。

 もちろんGoogle翻訳先生と首っききで、しかも要点らしき部分だけだが、それでも分かったことは多い。
 例えば記事を読んだだけではサラッと通り過ぎて引っ掛からないような部分、
ユニセフは日本を含む先進国や新興国など38か国を対象に各国のさまざまなデータをもとに子どもの幸福度をはかる調査を7年ぶりに実施し、3日、その結果を発表しました」
 ここに重大な問題がある。
 調査はユニセフの独自の指標で行ったのではなく、各国のさまざまなデータをもとにやったのだ。

 だから、おそらく見合うデータのなかった「家族関係の質に応じた15歳の感情的幸福」とか「家族、友人、またはサービス提供会社等からサポートを求めることができる親の割合」とか「教育、雇用、または訓練を受けていない15〜19歳のすべての若者の割合」とかいった項目に日本の名前はないし、載っている項目についても内容や意味に微妙な違いがあるのかもしれない。

「15〜19歳の青少年10万人当たりの自殺率」だとか「方移住または肥満であった5〜19歳の若者の割合」とか、あるいは「2007~2019までの平均失業率」とかはどこの国でも調べていそうな内容で、もちろん日本の名前もある。

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 ちなみにNHKの記事に、
『「精神的幸福度」では、15歳児点での生活の満足度の調査結果や若者の自殺率などから算出した結果として37位となりました』
とあるので“日本の若年層の自殺率はそんなに高いのか”と驚かれた方もいるかもしれないがさほどではない。15〜19歳の青少年10万人当たりの自殺率は7.5人で41カ国中30位。下から数えて12番目で、ざっと見、下から三分の一くらいである。
 決して誉められた値ではないが、「精神的幸福度」を38カ国中37位にまで押し下げる力はないだろう。

 

 

【幸福度とは満足度のことか?】

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  問題は「生活の満足度」だ。
 質問の形は「生活の満足度が高い15歳の子どもの割合」で、日本はわずか62%で33カ国中32位。オランダの90%、メキシコの86%などと比べるとかなり見劣りがする。

 しかし考えてみてほしい。
「生活の満足度が幸福度と同じである」という考え方自体に歪みはないか。満足と幸福がイコールなら、日本人は決して幸福になれない。

 日本の子どもが最初に教えられるのは「我慢」だ。
「人がたくさんいるところでは大声を出してはいけません」
「列にはきちんと並ぶものです」
「欲しくても商品にやたら手を出すものではありません」
「風邪を引いたら人様にうつさないようにマスクはするものです」
「弱い人は助けなさい」
「自分の出したごみは自分で持ち帰るものです」
「どんなに楽しいことでも、人の嫌がることはしてはいけません」
「やたらでしゃばるのではなく、黙って自分の責任を果たしなさい」
「お金があるからと言って何でも欲しがってはいけません」
「見せびらかすのは下品な人のすることです」
「自分のために勉強をしなさい」
「時間を守りなさい」
「約束は絶対です」
「いつも自分のことは後回しにして、他人のために譲りなさい」
――常に我慢を強いられ、我慢が期待される日本社会で、「満足」を求められても難しいだろう。だからと言って日本の子どもが不幸せなわけでもない。

 私は昨年、4歳になったばかりの孫と一緒に池袋の「プラレール博」に行ったが、驚いたことに同じ年頃の数百人もの子どもたちが、1時間を越える待ち時間を大騒ぎしたり走り回ったりすることなく、おとなしく待っていられるのだ。
 その先に、人数が制限されて、安全に、十分に楽しめる世界が待っている。

 何かを手に入れるためには別の何かを諦めなければならない――そう教えられて育つ子どもたちは、結局しあわせになるに違いない。

 しかしそもそも「満足度」といった主観的なものを比べることに、何の意味があるのか。

 

 

ユニセフの社会的スキル、日本人の社会的スキル】

 ところで、
「学問的な習熟度は高いものの社会的な適応力で上位の国におとり、27位でした」
 これはどうか?

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 ユニセフが社会的適応力を判断した基準は「友だちを簡単につくれる15歳の子どもの割合(Percentage of children aged 15 years who make friends easily)」である。
 日本の15歳は69%でこれも下から2番目。日本より下にはチリしかいない。

 しかしこれはむしろ “よく69%もいたものだ”と感心すべきことではないか。「誰とでもすぐに友だちになれる能力」は、日本では”才能あつかい“されていると私は思っている。また、見知らぬ人にすうっと近づいて話しかけるような子を見ると、不安になったものだ。私自身が「友だちを簡単につくれる」ような人間ではないからかもしれない。

 しかしそうなると還暦をとうにすぎた私自身が「社会的適応力(スキル)に欠ける人間」ということになる。
 そうだろうか? 私はそんなにダメなやつなのか?
 このあたりにもこの調査の怪しいところがある。

 ユニセフの子どもの幸福度調査――しばらくは評判になるだろうが、さして重要視すべきものではないだろう。