キース・アウト

マスメディアはこう語った

子どもの性被害を減らす「生命(いのち)の安全教育」がいよいよ本格的に始まる。喫緊の課題で学校にしかできない重要な仕事だが、人も増やさず他の仕事も減らさず、ひたすら追加される新しい教育は、教師の生命の安全を脅かす

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記事

「みずぎでかくれるところはだいじ」…性被害防止、幼児から大学まで教材作成
(2021.4.16 産経新聞

www.sankei.com 深刻化する子供の性被害を減らすため、内閣府文部科学省は16日、保健体育や道徳などの授業で今年度から段階的にスタートする「生命(いのち)の安全教育」で使う教材を公表した。今後、モデル授業の実践例などの調査研究も行い、学校現場での指導の活性化を目指す。

 教材は幼児、小学校低・中学年、小学校高学年、中学校、高校、大学などの計6種類。被害者だけでなく加害者や傍観者にならないため異性との適切な距離の取り方なども盛り込んだ。

 幼児向けでは、プールに入るときに「みずぎでかくれるところは じぶんだけのだいじなところ」と説明。小学校高学年向けでは、会員制交流サイト(SNS)を利用する際に「やりとりしている相手は 本当に信らいしていい人なのかな?」と問いかけ、軽い気持ちで会ったところ、車に連れ込まれそうになる危険性を図示した。

 教材は弁護士や大学教授、現職教員らでつくる有識者検討会が、学校やNPOの先進的な取り組み事例を基に作成。これとは別に、指導の方法や留意点をまとめた教員向けの手引きも作成し、都道府県教育委員会などを通じて周知。被害経験のある児童や生徒がいることを想定し、養護教諭との連携など事前の準備も求めている。

 

【ともに考えよう】

 これはひとつのケーススタディである。上の記事を読んで、内容を理解したうえで問いに答えよ。

(問1)
 深刻化する子供の性被害を減らすため、今年度から段階的にスタートする「生命(いのち)の安全教育」は、今日、必要不可欠な教育と言えるだろうか。
(答え)
 記事にある教員向けの手引きを読むと、そこにはこんな記述がある。
性犯罪・性暴力対策の強化性犯罪・性暴力は、被害者の尊厳を著しく踏みにじる行為であり、その心身に長期にわたり重大な悪影響を及ぼすものであることから、その根絶に向けた取組や被害者支援を強化していく必要がある。性犯罪・性暴力の根絶は、待ったなしの課題であり、その根絶に向けて誰もが性犯罪・性暴力の加害者にも、被害者にも、傍観者にもならないよう、社会全体でこの問題に取り組む必要がある。
 
まったくその通りで、「生命の安全教育」は今日の子どもにとって、是非とも行われるべき必要不可欠な教育と考えられる。

(問2)
 「生命の安全教育」が必要不可欠な教育だとして、それを学校で行うことは適切と言えるか。
(答え)
 現在の日本において、ほぼすべての子ども(というのは高校に進学しない子どももいるからだ)に、組織的・計画的、一定水準以上の教育を施そうとしたら、学校を通して行うしか方法がない。したがって学校で行うのが最適であると言える。

(問3)
 「生命の安全教育」が必要不可欠な教育で、かつ学校で行うべき内容だとして、実施に伴う教員の負担増(超過勤務、過重労働、研修の必要)、さらには突然新しい内容が入り込むことによる体育や道徳の教育課程の圧迫などは、受忍範囲のものといえるだろうか。
(答え)
 子どもに必要な正しい教育を行うに、ためらうことは許されない。負担増といっても年間3時間程度の授業時間の増加と推定される。さらに今回は文科省より丁寧な教材が公表され、今後、モデル授業の実践例などの調査研究も行い、学校現場での指導の活性化を目指すとの予告もある。実際に始めてみれば大した負担とは言えないと考える。

 

【指導の実際】

 「生命の安全教育」は必要だと思う。切実さから言えば英語教育やプログラミング教育よりもはるかに重要だと思う。また学校以外にやれるところがないという点にも同意する。
 しかしだからといって「子どもに必要な、正しい教育を行うに、ためらうことは許されない」と言われれば苛立つし、「実際に始めてみれば大した負担とは言えない」と重ねられたら「フザケルナ」と返したくなる。
 指導の実際はそれほど簡単なものではない。

 今回公表された「生命(いのち)の安全教育」で使うパワーポイント仕様の教材)を見たが、まさかあれをそのまま子どもに見せ、画面を読んで終わりというわけにはいかないだろう。良く整理されていてイラストもそろっており、授業の最後のまとめの資料としてはいいが、学年別になっているのでもなく中学用・高校用とひとまとめだからそのままでは使えない。
文科省「性犯罪・性暴力対策の強化について」からダウンロードできる)

 教師はまず教材を見ていつも通りそのままでは使えないことを確認し、「教員向けの手引き」を読んで趣旨等を学び直す。
 単元(ひとまとまりの学習内容)の目標を立て、何時間でできるか計算し、指導案の大まかな流れを考えて1時間ごとの目標をつくる。教材スライドのどれがどう使えるかを吟味し、不足の資料を探して新しいスライドを作成し、前後をそろえる。指導案を完成させ、リハーサル。
 ベテランの教師なら指導案は頭の中で書いて終わりだが、若い教員はそういうわけにはいかない。丁寧なものでなくてもいいが一応の流れくらいは紙にして、過不足・遺漏・齟齬はないか確認しておいた方がいいだろう。ちなみに私の場合、こうした特別な授業では必ず書いた。

 保護者からのクレームのつきやすい領域だからその点でも事前の準備が必要だ。
「教員向けの手引き」にも、

  • お便り等を通じて保護者に対して、事前に授業のねらいや内容について伝え、授業後もその様子を伝える。
  • 授業後に保護者から相談が寄せられた場合は、状況に応じて児童生徒への聞き取りや専門機関の紹介を行う。
  • 授業の保護者の参観については学校の判断とするが、参観を可能とすることも考えられる。

とある。ぬかりのないようにしておかねばならない。事前にねらいや内容を知らせるとなると授業案は授業日のかなり前に完成しておかなくてはならない。授業後に様子を伝える以上、児童生徒用アンケートも用意して、あとでまとめることも必要だ。

 

ひたすら追加される新しい仕事は、教師の生命の安全を脅かす

 繰り返しになるが「生命の安全教育」は必要だと思うし、学校以外にやれるところがないという点にも同意する。したがって「生命の安全教育」を撤回しろとか内容を縮小せよとかは言わない。現場の教師に努力してもらうだけだ。
 しかしこれだけは記憶にとどめておいてほしい。

 これによって教員の負担は確実に増加する。

 
現在、学校が背負っているもの全体からすれば相対的に微々たるものだが、絶対量としては少なくない負担だ。これまでもこうした「大したことのない負担」が積み重なって、学校を追いつめてきた。
 性教育、人権教育、平和教育、国際交流教育、環境教育、薬物乱用防止教育、メディア・リテラシー教育、キャリア教育、防災安全教育、小学校英語、プログラミング教育・・・

 今後も、ハラスメント防止教育、有権者教育、消費者教育、金融教育、ギャンブル等依存症予防教育など、「教育の力に期待するしかない」といった言い方で次々と「新しい教育」が入り込んでくるだろう。

 もはや小学校の「教科担任制の推進」だの、「部活動の見直し」「外部人材の配置支援」だの――「十分には」という意味ではできっこない弥縫策を掲げても無意味だろう。
 今こそ、文科省都道府県教委も、市町村教委もマスコミも、そして社会全体も覚悟を決めるべきだ。
 今後も学校のブラック化は進み、多くの教員が病み、病んだ一部が不祥事を引き起こし、早期退職が後を絶たず、新規採用試験受験者も減り続けるだろう。その結果、日本の学校の教育力は下がり、下がった原因は教員の自覚不足・能力不足と指摘され、さらにブラック化は進む。

 日本の学校教育という巨人に、大量のアリがたかって倒してしまうようなものだ。