「日本の中学校教師には暇がたっぷりある」という話が官僚から語られ、マス・メディアが追認するという恐ろしい新聞記事の話。そもそも中学校には小学校を応援する余力があるという考えはどこから来たのか。

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(写真:フォトAC)

記事

 

小学校の教科担任制「中学教員活用を」 財務省指摘

(2021.11.01 日本経済新聞

www.nikkei.com

 文部科学省が2022年度から公立小学校の高学年に本格導入する「教科担任制」について、財務省は1日、中学校の教員活用を求めた。小規模な中学校では教員1人当たりの授業時間が極端に少ないと指摘し、教員の定員増を目指す文科省をけん制した。

 教科担任制は教科ごとに決まった教員が教える仕組みで、文科省は22年度から小学5、6年生の「英語」「算数」「理科」「体育」を対象に本格導入を計画している。4年で8800人程度の教員増を見込み、22年度予算の概算要求では働き方改革に伴う定員増も含めて54億円(2475人増)を計上した。 

 財務省は同日の財政制度等審議会財務相の諮問機関)の歳出改革部会で、小中学校の教員の年間授業時間数はそれぞれ747時間、615時間といずれも米国や英国、フランスよりも少ないと説明。中学校では教員当たりの1週間の平均授業数が18.2コマに対し、1学年1学級の中学では平均11.6コマと「極端に少ない」として、小中連携による教科担任制の実現を求めた。

 小学校での英語必修化と異なり、教科担任制では年間の授業時間は増えないとも指摘した。学校内での教科担任の割り振りの工夫やオンラインを活用した学校間の連携などにも取り組めば、定員を増やさずに導入できる可能性があるとした。

(以下、略)

 

 

【日本の中学校の先生は、授業は少ないのに世界一働いている】

「日本の中学校の先生は、授業時数は少ないのに雑用が多くて、世界一働いているんですってね。たいへんですねェ」と言われ始めたのは、もう10年以上の前のことである。

 これには理由があって、OECDの調査「教員環境の国際比較:OECD国際教員指導環境調査(TALIS)」で、そのように報告されているからである。

 その2018版を見ると、日本の中学校教員の総労働時間は週平均58・6時間でダントツのトップ(2位はカザフスタンの48・8時間。OECDの全体平均は38・3時間だからその1・5倍近く働いていることになる)。しかし授業時間は週18・0時間でOECD平均の20・3時間よりも少なくなっているのである。

 

 では授業以外の何に時間を費やしているのかというと、諸外国に対して圧倒的に多いのが「一般的な事務作業(教師として行う連絡事務、書類作成その他の事務作業を含む)」の5・6時間(平均は2・7時間)。そこから、

「日本の中学校の先生は、授業時数は少ないのに雑用が多くて、世界一働いている」

という話が出てくるのだ。

 

 TALISの報告する授業時数、週18・0時間は60分換算なので50分授業に合わせると21・6授業時間である。別の言い方をすると日本の中学校教師は平均21・6コマを担当していることになる(*1)。

*1 1学年1学級の小規模校の、比較的授業時数の少ない社会科の教科担任、しかも学級担任をしていない(道徳や総合の授業がない)教師は週10コマがだから、そうした教員も含めての週平均21・6コマは妥当な数字といえる。

 ちなみにこれほどの小規模校となると、配当される教員は9名。校長・教頭を外すと教科担任は7名なので、技術家庭科・音楽・美術といった週1~2時間の教科担任は配置されない。地方自治体が講師で雇って数校かけ持ちにするか、複数免許を持つ教員が授業をかけも地にするかという選択になる。


 しかし週21・6コマは財務省の言う「18.2コマ」とだいぶ違う。18コマなら1日3時間担当の日が2日、4時間の日が3日で足りてしまう。つまり、空き時間が3時間もある日が1~2日、あとは毎日2時間空きなのだ。いくら平均でもそんなことがあり得るのか。

 

 週21時間だって控えめに過ぎる。学校5日制だからこれを割り振ると4時間授業の日が4日、5時間授業の日が1日。ほぼ毎日2時間の空き時間があることになる。いかに平均値とはいえ、ほとんどの中学校教員はそんな楽な仕事はしていないはずだ。

 

 

【欧米に比べると日本の教師は楽をしている・・・のか?】

 小中学校の教員の年間授業時間数はそれぞれ747時間、615時間といずれも米国や英国、フランスよりも少ない

 となるとさらに分からない。色々計算してみた(*2)が結局わからないので以下の点だけを指摘しておく。

  • たっぷり二か月間もの夏休みをとる英米の教員より、日本の教員の方が年間の授業時数が少ないというのはどういうことか。一般に英米の授業日数は日本より1割少ない180日というのが相場だが、日本よりも一割も少ない日数で日本を上回る時数を授業にあてている秘密はなにか。

  • 教育の国際比較では、対比できる教科のない場合は計算に含めないことがある。例えば、文科省「学校の授業時間に関する国際比較調査- 結果概要 -」には、はっきりと「(1)授業時間の定義/授業時間は,教科関連学習(道徳,宗教を含む)を対象。(特別活動,課外活動など)を除く )」とあり、「総合的な学習の時間」を含めて、他に類を見ない日本独自の学習は授業時間に含めないのが一般的である。
     部活動はもちろんだが、特別活動の排除は大きな問題である。というのは指導要領では年間に最低35時間やることになっている特別活動――実際には100時間以下であることは稀だからである。運動会や卒業式及びその練習、交通安全教室や避難訓練、遠足・宿泊行事を全部含めて、35時間に納めるなど絵空事である。

*2 学校は小中ともに年間200日もの登校日を持っている。引用部分の数値で計算すると、小学校教師は1日3・7時間、中学校教師は1日3時間しか仕事をしていないことになる。ただし747時間は授業時間ではなく60分換算かもしれないので、それを戻すと、小学校教師は1日4・98授業時間、中学校教師で1日3・69授業時間をやって終わりにしていることになる。

 中学校教師の授業時間についてはさまざまな形があるので一概に言えないが、小学校教師の場合はほとんどが1週間のすべての授業を学級担任が行っている。したがって1日5・8時間が原則だ。もちろん中規模以上の学校では音楽や理科に専科の教師のいる場合もあるが、それにしても平均1日5時間で済むというのは理解できない。

 

【数字で推し量れない現実】

 どういじっても理解できない数字をこれ以上いじっても真実は見えてこないだろう。それに数字が示す現実と、実際は必ずしも一致しない。 

 ここでは、

中学校では教員当たりの1週間の平均授業数が18.2コマに対し、1学年1学級の中学では平均11.6コマと「極端に少ない」として、小中連携による教科担任制の実現を求めた。

について、三つの側面から考えてみたい。

《小規模校の授業時間は偏在する》

 小規模中学校の現実を「平均」をあてに考えると、大きなミスを犯すことになる。というのは個々の教師の持ち時間がとんでもなくばらつくからである。

 

 多い方から言えば、最も授業数の多い外国語(英語)の教師は1~3年生まで週4時間ずつ、計12時間の教科指導をしなくてはならない。この教師が学級担任をしているとしたら、週1時間の「特別の教科道徳」、週2時間の「総合的な学習の時間」、週1時間ということにはなっているものの実際にはとんでもなく時間をかけている「特別活動」(とりあえず週1時間で計算しておく)、合わせて4時間超の授業時間が加算される。さらに学級担任でなければやらなくて済む「学級事務」もある。

 

 それに対して音楽科教諭で学級担任がない場合は、週にわずか3・3時間だけ授業をすればよいことになる。しかも1学年に生徒が10人しかいないような場合は、3学年一緒の授業にしてしまった方が指導としては合理的だ。したがって週1時間の授業ですんでしまう場合もある。

 

1学年1学級の中学では平均11.6コマと「極端に少ない」

の現実はこうだ。

 だから文科省が言っているように「英語」「算数」「理科」「体育」で小学校の教科担任制をやろうとすると、これらの教科の教員には学級担任を任せられないことになってしまう。教科担任とともに学級担任もしている教員に、小学校も見てやってくれとはとても言えない。学級担任は国語・社会・音楽・美術・技術・家庭の担当教師だけ――これで学校が回っていくのだろうか。

《小規模校の教師は授業以外で忙しい》

 中大規模校で週に5クラスも6クラスもの教科担任をする学校から、3クラスしかない学校に異動してきた教師が、一番当てが外れたと思うのは校務分掌である。とんでもない数の主任が来る。

 

 私はかつて計算したことがあるが、ひとつの学校で必要な係・委員・担当はおよそ60である。これは学校の規模を問わない。ウチは小規模校だから防災担当はいらないとか、教科書係はいらないとかいったことはないのだ。

 すると教員が60人もいるような大校では「一人一主任」で済むのに、1学年1学級、教員数7の学校では一人9役~10役ということになってしまう。

 実際には学級担任の負担を考えて主任の数を減らすので、他はひとり13役などといった人まで出てきて、それこそ朝から晩まで主任仕事をしていなくてならない場合も出てくる。

 運動会の基本計画とPTAのバザーの計画を同時に作成しながら、交通安全教室の警察の手配をするなど、荒業に挑戦する人も少なくない。

 まさに「小規模校、なめんなよ」である。

《小規模中学校の隣の小学校は小規模校》

 特殊な例を挙げて一般を撫で切りのするのは詭弁論理学の第一歩である。

 小規模中学校の教師に余裕があるからそれを使えと言われても、それは全体のごく一部にしか通用しない。そして一村一校のような小さな小中学校や小中併設校ではすでに行っていることであって、そんな古い方法を持ち出して概算要求を蹴られても困る。

 

 

【だが、しかし】

 ところで根本に戻って、記事は「小学校の教科担任制」を既定のものとして書いているが、それでいのだろうか?

 もちろん他の教師がやってきて授業を肩代わりしてくれれば小学校教師は楽だろうが、本質的な問題として、算数や理科は中学校の教師に任せればよりよく教えられるものだろうか? 中学の先生が使えなければ小学校内部で数学や体育の免許を持った教員を5・6年生に集中させるしかないのだが、そんな無理をしてまで、小学校の教科担任制は実現しなければならないものか――それが最大の疑問である。