キース・アウト

マスメディアはこう語った

スポーツ庁の有識者会議が「部活動の地域移行」を提言する。しかしこの問題、20年以上前から言われているのにうまく行かない。それどころか「地域移行」で教師たちは死の淵に立たされるのだ。そこで私が書いたミニ恐怖小説「部活動の地域移行」。


(写真:フォトAC)

 

記事

「運動部活動の地域移行」来年度から3年間を改革集中期間に スポーツ庁有識者会議が提言案

(2022.04.12 TBSテレビ)

newsdig.tbs.co.jp

 

 公立中学校の部活動改革について議論しているスポーツ庁有識者会議は、「休日の部活動の指導を、来年度から3年かけ、民間団体などに移行する」などとする提言案を示しました。

 

 学校の部活動は少子化などの影響で部員が集まらず存続が難しくなったり、指導する教員に過度な負担がかかるなどの問題が指摘されています。

 

 スポーツ庁有識者会議がまとめた提言案では、公立中学校の部活動について、休日の指導を地域や民間の団体に委ねる「地域移行」を2023年度から25年度の3年間で達成することを目標としました。この目標にあわせ、自治体には具体的な取り組みやスケジュールを定めた推進計画の策定を求め、順調に進めば、平日の部活動でも移行を進めるとしています。

 

 また、地域や民間団体に指導を委ねることで、保護者らの出費が増えることが想定されるとして、学校の施設を低額で使えるようにするほか、経済的に困窮する家庭への国や自治体の支援も求めています。

 

 有識者会議は5月中に提言を取りまとめる予定です。

 

 

 

 まだ「案」だからだろうか、各メディアはあつかいが軽く、重点の置き方も異なっている。

 

 例えば「運動部活動の地域移行」の必要性を、”少子化によって各校の部活動が成り立たなくなっている現状”に求めるか、あるいは”教員の過重労働”に求めるかによってニュアンスは当然異なってくる。その中であえてTBSの短い記事を選んだのは、これが重要な点をいちおう網羅していると考えたからだ。

 

 記事によると、

  • 休日の部活動の指導を、来年度から3年かけ、民間団体などに移行するのは学校の部活動は少子化などの影響で部員が集まらず存続が難しくなったり、指導する教員に過度な負担がかかるなどの問題が指摘されているから

であり、その上で提言案は、

  • 公立中学校の部活動について、休日の指導を地域や民間の団体に委ねる「地域移行」を2023年度から25年度の3年間で達成することを目標とし、
  • この目標にあわせ、自治体には具体的な取り組みやスケジュールを定めた推進計画の策定を求め、順調に進めば、平日の部活動でも移行を進める

としているのである。

 

 しかしこの記事に欠けている部分も多い。例えばNHKが書いたような、
 休日の部活動を実施するための受け皿は、地域のスポーツクラブや民間事業者のほか、保護者会なども想定し、指導者の確保に向けては、資格取得や研修の実施を促し、企業やクラブチームと連携している例を参考にすべきだ
といった「民間団体など」の具体的な記載はなく、信濃毎日新聞のように、
 文化庁有識者会議も吹奏楽や合唱などの文化系部活動の地域移行について検討しており、7月に提言をまとめる見通し。
といった文科系部活への言及もない。

 

 また”学校は地域移行にどうかかわるのか”、その説明もないが、日本教育新聞は、 
 指導者の質の確保のため、指導者資格の取得、研修の実施が必要だとした。量の確保については、部活動指導員の活用や企業・大学との連携、人材バンクの設置の他、指導を望む教員が兼職兼業しやすい環境の整備を求めている。
とある。
 特に最後の部分は教員にとって極めて重要な内容である。

 

【小説「部活動の地域移行」第一章 たらいまわし

 さてここからは想像力の問題だ。
 有識者会議の提案に応じて、文科省都道府県を通して各市町村に指示を出す。
 休日の部活動を地域に移行するため、地域のスポーツクラブや民間事業者のほか、保護者会を調査し、組織して3年以内に活動を始めること、さらに指導者資格の取得、研修の実施が必要であるから、その準備を並行して行うこと。

 

 有識者会議の提案を丸投げされた市町村は困惑する。地域のスポーツクラブや民間事業者といってもあるのはスイミングスクールと音楽教室、幸いプロのサッカーチームもあるし独立リーグの野球チーム、バレーボール、バスケットのチームまである(架空の都市だから)が、いずれも営利団体赤字経営に青息吐息のプロリーグばかりだ。ただで面倒を見てくれと頼んでも、せいぜい月に1度が限界だろう。

 

 一方、市内には6500名もの中学生がいて、サッカーだけでも500人もの参加者がある。これを一か所に集めて指導というわけにはいかないだろう。やはり各校のそれぞれに休日指導組織をつくるしかない。それにしてもサッカー部のある市内15校に15人もの指導者を用意できるか? いまの顧問・副顧問の配置を考えると15人でも足りないくらいだ。

 

 サッカーや野球なら経験者も多く、やってくれる人もいるかと思うが、吹奏楽だの合唱だの、あるいは超マイナーな相撲部なんて果たして引き受け手がいるだろうか?
 ああ、国体の競技招致の時、なんで手を挙げて相撲なんて引っ張ってきたのだろう。あのとき張り切ってほとんどの中学校に相撲部をつくらせたのが間違いだった。大部分は滅びてしまったがまだ1校残っていて、しかも全国レベルだから潰すわけにも行かない。

 

 万策尽きた市町村は保護者に丸投げする。有識者会議の文書にも「保護者会も想定して」とあったからだ。
 保護者の対応は早かった。時と場所を定め、親たちは全員で集まって学校へ向かう。現在の顧問に外部指導者を依頼するためだ。
 もちろん趣旨が違うと顧問は難色を示し、校長も拒否する。団体交渉が何回か繰り返され、子どもを人質に取られている(と思っている)学校側がついに折れる。どうせ教員として別の学校に異動するまでの我慢だ。
 親たちも思っている。先生が代わったらまたお願いすればいいのだ。

 

【小説「部活動の地域移行」第二章 地獄】

 結局なにも変わらなかったじゃないか――と思ったが、そうではなかった。
 休日部活のため、顧問教諭は指導者資格取得のための講習会に出なくてはならなくなり、それからも定期的な講習に出かける羽目になる。
 それよりも大変だったのは、休日部活は民間組織の業務なので、校長や教育員会の指示・命令に服さなくてもよくなった点だ。

 

 「週末の部活動は土日いずれか一日のみ、しかも3時間以内」といった規定はすぐに無視される。市内に毎週土日5時間ずつやっている休日部活があると聞くと、普通の指導者は落ち着かなくなる。試合で生徒に恥をかかせないため、やっておきたい練習メニューはいくらでもあるのだ。向こうが土日5時間ずつだったら、こちらは6時間だ!

 

 順調に進めば、平日の部活動でも移行を進めるということだから学校の部活はなくなってしまう。生徒は4時半にいったん帰宅し、夕食後ふたたび集まって地域移行の部活に参加する。これだと毎日3時間の練習時間が確保できる。

 

 熱が入りすぎて事故や体罰が横行する。しかし体罰も昔なら懲戒免職で学校を去らなくてはならなかったが、いまは民間組織での出来事だから教職まで辞める必要はないだろう。

 ここに至って自治体も教育委員会も慌てる。しかし市の職員を組織に入れて監視するわけにもいかないから、「ここはやはり校長先生に中心になっていただいて・・・」ということになり、学校長が民間組織の長を兼任する。これで教育委員会の指示が通りやすくなり、「休日部活は土日のいずれか1日のみ、しかも3時間以内」も復活する。すべてが元通りになる。

 

 いや待て、すべてが元通りになるわけではない。
 民間部活の指導者は教員として働いているのではない。私人としてやっているのだ。したがって教員としての活動時間は大いに削減される。
 実質的な部活動の時間はとんでもなく増えるが、国への報告では統計上「教員の部活による時間外労働」がゼロになる。教員の休日出勤もほとんどなくなる。
 文科大臣は胸を張って国民に報告する。
「私の代で教員の超過労働は著しく削減されました。どうぞこれからは先生に何でも頼んでみてください。きっと対応してくれますよ。暇ですから」

【やがてノンフィクションになる】

 『小説「部活動の地域移行」』と書いたが、数年経ったらこれはノンフィクション「部活動の地域移行」となる。「時間外労働ゼロ」の最後の部分はおふざけにしても、それ以外の部分は確実にそうなる。絶対にそうなる。

 

 なぜなら今回の有識者会議の提案は、わずか15年前に一度試されているからある。いわゆる「部活動の社会体育への移行」がそれだ。
 やろうとしたことはまったく同じで、教員が社会体育を支えるようになって切羽詰まった。しかも今回はあらかじめ「指導を望む教員が兼職兼業しやすい環境の整備を求めている」というからさらに性質が悪い。最初から教員にやらせるつもりなのだ。

 

 前回の「社会体育への移行」で部活動の一部は完全に無法地帯になってしまった。平日の部活は夜7時から10時まで、土曜日は半日練習、日曜日に練習試合。保護者はもちろん協力的だったが、それは同時に圧力でもあった。

 

 歴史は繰り返すというが、同じ失敗を意図的に繰り返すのは愚かなことだ。しかしそんな愚かなことしか、政府・文科省にはやれることが残っていないのかもしれない。