キース・アウト

マスメディアはこう語った

教員不足もいよいよ切羽詰まってきて、中国地方の各県はなりふり構わず特別免許を乱発して社会人を漁り、山口県ではさらに教員免許を持たぬ者まで採用して教壇に立たせ、免許は働きながら取らせるようにするとか――しかし、そんなこと、ほんとうにあるのか?

(写真:フォトAC)

記事


教員免許持たぬ「社会人教員」の採用広がる 人員不足や長時間労働の解消へ
(2023.04.16 中国新聞デジタル)

www.chugoku-np.co.jp

 全国の教育委員会が、教員免許を持たない社会人の教員への採用に力を入れている。中国地方の広島、島根、鳥取の3県は本年度の試験で、免許を持たない社会人を採用する対象教科を拡大。山口県は社会人向けに免許取得費用を補助する制度を新設した。全国で教員不足が浮き彫りになる中、各県とも実社会で経験を積んだ人材の積極的な登用を目指している。

 広島県は、2012年度実施の試験から教員免許がない社会人の特別選考を高校の工業科と看護科で始めた。本年度は対象を高校の福祉科にも広げる。介護福祉士か看護師の資格を持ち、正規職員として5年以上の勤務経験があることなどが受験条件。採用する場合、県教委が特別免許状を出す。特別免許状を持つ教員は交付を受けた都道府県だけで教壇に立てる。

 島根県も本年度、特別免許状による社会人採用試験に高校の情報科を追加。鳥取県も中学、高校の家庭科と中学の技術科を加えた。

 山口県は教員免許を持たない人向けに、新たに「教職チャレンジサポート特別選考」を設けた。合格者には教員免許を取得するための学費として年26万円を上限に2年間補助し、取得後に正式採用する。全ての校種で教科を限定せず募る。従来通り高校の工業、情報、農業の3科で教員免許を持たない社会人の採用試験もする。岡山県も同様の採用試験を中学、高校の英語などで実施している。
(以下略)

 

 これは単なる取材不足なのかあるいは悪意に満ちたものなのか、それとも売れればいいというそれだけの記事なのか、私には判断がつかない。
 いずれにしろ、

  1.  従来からあるものを特殊なものとして描いたり、
  2.  良く調べもしないで間違ったものをそのまま出したり、
  3. それらを一緒くたにして混同させたり、

とで、すっかり訳の分からない内容となり、大量の誤解を醸成し、後味の悪い印象を残した。

【特別免許は特別ではない】

 まず、
 広島県は、2012年度実施の試験から教員免許がない社会人の特別選考を高校の工業科と看護科で始めた。本年度は対象を高校の福祉科にも広げる。
 この部分に問題らしい点はひとつも見当たらない。
 
 特別免許は昭和63年の教育職員免許法の改正により制度化されたもので、簡単に言ってしまうと、高校看護科で看護教員が不足する場合、優秀な看護師に特別免許を与え、授業を持ってもらおうといった非常に常識的な制度である。剣道の師範に体育の剣道だけを見てもらうということもできるし、農業指導員に農業を教えてもらうということも可能だ。
 そんな「外部講師の活用」はこれまでもしてきたという学校も多いと思うが、教員免許を持たない者が授業をする場合は必ず学級担任あるいは教科担任がその場についていたはずである。そうでないと授業時間にカウントできない。特別免許を与えられた専門家なら正式な教員であるから、他の免許保持者がいなくても授業が進められる、それが特別免許を与える意味である。
 
 広島県ではこれまで高校の工業科や看護科で行っていたのを、福祉科にも広げたという、ただそれだけのことだ。介護の専門家が介護を教えるのに何の問題ものないだろう。しかも資格を持ち、正規職員として5年以上の勤務経験があることなど特別免許のハードルはかなり高い。
 
 続く島根県の例も鳥取県も同じ。教員が不足するから誰彼かまわず免許を発行しようというものではないのだ。

【教員免許を持たない者に授業をさせることはない】

 しかし山口県の「教職チャレンジサポート特別選考」は特別免許とは考え方がまったく違う。
 特別免許は「特殊な技術を持つ人に『教える資格』を与えよう」というもの、「チャレンジサポート」は「教員免許取得に協力するかわりに2年後、必ず山口県内の教員になってくれ。その上で4年以上は働いてくれ」というものだ。
 誤解の肝は「免許もないのに教壇に立つ」という部分。募集要項を見ればわかるとおり、「教職チャレンジサポート特別選考」合格者は、
「(他の仕事をしながら、あるいはアルバイトで凌ぎながら)2年以内に通信教育等で免許をとってくれ、山口県指定の研修にも参加しろ。それがきちんとできたら2年後、間違いなく教壇に立たせてやる」
というものである。つまり免許を取らない限り、児童生徒の前に立つことはない。

 しかも最初の段階で適性検査や実技、個人面接・集団面接・小論文試験などを経て合格者を決めるのだから何の問題もないだろう。

【弊社が生き残るなら、日本一国が潰れてもまったくかまわない】

 しかし取り上げた記事は、事実が真っ当な話として伝わらないように連呼する。
教員免許を持たない社会人の教員への採用に力を入れている
免許を持たない社会人を採用する対象教科を拡大
実社会で経験を積んだ人材の積極的な登用を目指している
教員免許がない社会人の特別選考を高校の工業科と看護科で始めた
教員免許を持たない人向けに、新たに
教員免許を持たない社会人の採用試験
と、とにかく社会人であれば免許の有無にかかわらず採用しようとしているという印象を醸し出すのに忙しいのだ。それはまったくの誤りである。誤りであると分かっていながら誘導する。
 おかげで中国新聞の記事はYahooニュースを通じて全国区だ。

 

 記事さえ売れれば日本はこの先どうなってもいい――。
 私はしばしばメディアから、そういったものすごく強力なメッセージを受け取ることがある。