(写真:フォトAC)
記事
週当たりの授業数、削減を 小中教員の負担減、事例周知へ―文科省
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(2024.08.17 時事通信)
文部科学省は、公立小中学校の授業数について、年間を通じて実施日数を増やすことで、週当たりの授業数の削減を促す方針だ。放課後の時間を確保して教員や児童生徒の負担軽減につなげるのが狙い。夏休みの期間短縮といった例を各教育委員会に周知し、取り組みの普及を目指す。
(中略)
週当たりの単位時間を減らせば、教員は放課後を授業準備に充てることができ、長時間労働の是正にもつながる。茨城県守谷市は、夏休みの短縮や2学期制の導入に加え、始業日や終業日、学校創立記念日などを活用して授業日数を確保。「週3日の5時間制」(週27単位時間)を実現し、教員の早期退勤につなげている。
(以下略)
評
政治とは詰まるところ「人事」と「予算」だ。本当に成し遂げたいことがあれば人材を配置して予算をつければいい。もちろん人々の納得を得たり意欲を高めたりするための言葉というのも大事だが、人事と予算に比べればはるかに力は落ちる。
しかし学校教育についていえば「人事」も「予算」も全く動かせないようになっている。「人事」は定数法によって基本的に一人も増やせないように決まっており、「予算」はどう説明しても財務省が財布の紐を緩めてくれない。「実績を上げれば予算はつける」というが、学校教育の実績など、数十年経たないと現れてこないし、それが学校教育の成果だと証明することは難しい。したがって予算はめったに増えない。
「人事」もやり繰り、「予算」もやり繰りだけなのだ。
【ひとは増やさない。一人二役か看板のすげ替え】
実際これまでの経緯を見てみればいい。
各校に「司書教諭を配置します」「特別支援コーディネーターを配置します」「栄養教諭を配置します」「小学校も教科担任制を行います」と発表してもひとが増えた試しがない。
司書教諭の免許を取得した学生を優先的に採用したり、すでに採用している職員に研修を受けさせたり、教員同士が授業を交換して教科担任と名乗ったりと、一種の朝三暮四的な詐欺を働いてきたにすぎない。
もちろん東京のようにヨーロッパの小国一国くらいなら軽くしのぐくらいに潤沢な予算をもっている自治体なら、独自の予算で講師を雇うということもできるが、普通の自治体ではそういう訳にも行かない。いや東京都ですら副校長を置いた時から教頭がいなくなったのだから、教員の数を増やすのは容易ではないのだ。
【授業時数は増やせないが、内容も減らせない】
授業内容・授業時数についても、もう詰め込めるだけ詰め込んで減らすことをしないから限界がきて、例えば昭和の時代、小学校の5・6年生の音楽や図工・家庭科などは、毎週2時間と決まっていて分かり易かったのに、現在は音楽・図工が週1・43時間、5年生の家庭科は週2時間だが6年生は1・57時間と、わけの分からないことになっている(時期によって週2時間だった李1時間だったりして年間の時数を合わせる)。
その上、
「小学校英語は何とかやり繰りしてブッ込みましょう」
「プログラミング学習もどこかでやってください」
とできない相談をするから、もともとゆとりをもって決めていたはずの授業日数がキツキツになってくる。
そこに今回の、
「年間を通じて実施日数を増やすことで、週当たりの授業数の削減を促す方針」
だ。
ネット上のでは現職の教員を中心に非難ゴウゴウ。まだ具体化していないので保護者や児童生徒の反応は見えないものの、実際に行えばこちらも面倒くさいことになりそうである。
だが安心してください。そんなこと、できるはずがない。
【文科省の勧める目論見】
学校のカリキュラムというのは、すべてを規定通りにきちっとやると年間に35週で終わるようにできている。だから昭和の指導要領をみるとすべて教科の指導時数は35の倍数となっているし現行の指導要領も総時数は小学校4年生以上1015時間、3年生980時間、2年生910時間とすべて35時間の倍数となっている(年度当初の短縮時間を考慮して、1年生のみ850時間と35の倍数になっていない)。記事の中にある週29時間というのも、4年生以上の1015時間を35週で割った1週あたりの時数としてものである。
しかし実際の学校は35週では回っていない。
何と言っても入学式・卒業式・始終業式などの儀式的行事、修学旅行などの旅行行事、音楽会・体育祭・運動会、児童生徒会、学級会、年6回の避難訓練、体重測定や歯科検診など、その準備や練習も含めて全部を35時間で収めましょうという、詐欺師でも考えつかないまやかしの特別活動に相当な時間が取られ、環境教育やら小学校英語やらプログラミング学習、キャリア教育といった追加教育も入っているので、年40週、登校日数200日というのが日本の学校の一般的な姿である。その1週あたりの時数29時間を2時間減らして、週の授業時間を27時間とし、はみ出た2時間分をまとめて夏休みを減らすことで解消しようというのである。
5日間で27時間の授業だから、週3日は5時間授業、3日は6時間授業。これまで5時間授業の日は1日しかなかったわけだから、これで先生たちにはだいぶ余裕が生まれるだろう、というのである。
たった二日間でも、ないよりはマシだろう。しかしそのために差し出さなくてはならない夏休みの日数はどれくらいになるだろう。
【週29時間を27時間に減らした2時間分を、どう回復するか】
先ほど、40週200日が平均的な公立小中学校の授業日数だと言った。週29時間を週27時間に減らすと、その40週から毎週2時間が浮き出てくる。浮いた時間の総計80時間が夏休みに回復しなくてはならない時数だ。そうなると、
80時間÷(週の授業時数)27時間=2.963・・・
つまり夏休みをおよそ3週間減らせば、2時間の不足は解消できることが分かる。それでいいのかということだ。
今年の夏休みを「日本文化研究ブログ」というところで調べると、最長は千葉市、岐阜市、名古屋市、津市などの44日間。ここから3週間(21日)を引いても残りは23日間。まずまずの日数だ。私の感覚だと許容範囲である。
しかし今年もっとも夏休みが数なかった岩手県盛岡市はわずか26日間。そこから21日を引くと夏休みはたった5日間だけということになる。これは困る。5日しかないとなると当然「山の日」に絡めてお盆に実施するしかないが、小中学生をあてにしたイベントや家族旅行は、その5日間に集中してやるしかなくなる。
かくして盛岡市お盆の時期に一斉に観光地へ向かうエクソダス(出エジプト)が始まるのだ。
盛岡市の26日は極端に少ない日数だが30日~35日という自治体は東北地方を中心にいくつかある。夏休みがそれらが一斉に夏休みを10日~2週間程度に減らし、お盆前後に集中させる、するとどうなるのか――。
【結局できっこない】
現状でも8日~今日(18日)までの高速道路の渋滞予測は昨年の1・6倍の504回(最長45km)と予測されているというのに、日本中の学校がこの10日間に夏休みを集中させてきたら何がおこるか――。
高速道路ばかりか観光地はどこへ行っても殺人的大渋滞。ホテルや旅館はまったくとれず、海水浴場は足も洗えない大混雑で、登山道も人間の渋滞。いつもなら4時間で到達する山頂まで10時間もかかるため、下山が深夜に及んで危険極まりない、といったことにもなりかねない。
観光業者に言わせれば、
「お盆前後は多すぎてお客が掃けないのに、その前、それ後は閑古鳥。全体とすれば大減収。学校の先生たちの週日を楽にために私たちが犠牲を払うなんて、それが正しいやり方か?」
ということになります。
もちろん業者は議員を動かし、議員は文科省に圧力をかけて、「週27時間計画」撤回される、それが落ちです――というより、そうなることが目に見えている以上、そもそも計画は実行されない。市町村教委の段階で制限がかかる。文科省はだから余裕でできもしないことが言えるのだ。
「私たちはきちんと指示した。やらないのは地教委や学校の判断だ」
こうして再び学校が、具体的には校長が、バカ扱いされて茶番がひとつおわるのである。メデタシ、メデタシ・・・・・・。
【不可能を可能にした学校があるという謎】
さて、しかしここに私にとっては極めて不都合な事実がある。それは引用した記事の最後にあった、
「茨城県守谷市は、夏休みの短縮や2学期制の導入に加え、始業日や終業日、学校創立記念日などを活用して授業日数を確保。「週3日の5時間制」(週27単位時間)を実現し、教員の早期退勤につなげている」
という部分である。実際にやっている学校があるのだ。しかも1校だけではなく、市内のすべての学校で実現したという。
調べてみると守谷市立の小学校の、授業日数は年間203日~204日程度。夏休みも35日~37日と、授業日数はやや多め、夏休みの日数はやや少なめであるものの、私の想定した授業日数215日、夏休み21日とはだいぶ異なる。
なぜそうなのか――。
2学期制の導入で始業式や終業式を減らし、残った始業日や終業日、さらには学校創立記念日などでも行事だけで家に帰さず、授業を行う――いや、それくらいは他の学校もしている。その程度の工夫で浮き出た80時間は消化しきれないだろう。おそらくそれ以上に大ナタを振るって削減したものがあるはずだ。
週に29時間で40週も授業をやっている全国のほとんど学校だって、毎日ロクでもないことに時間を使っているわけではないだろう。それだけ必要だと考えたから時数が多いわけで、守谷市の小学校がそれをどう乗り切ったのか、さらに調べる必要がある。