キース・アウト

マスメディアはこう語った

仕事は減らさない、人も増やさない、その前提で給与をエサに時間外労働時間の短縮を迫っても無理だろう、仕事があるのだから。それに給与の増やし方だって政府内で一致できないじゃないか。

(写真:フォトAC)

 

記事

 

『教員給与「残業減」なら上乗せ案、財務省 文科省案と違い鮮明』
(2024.11.07 朝日新聞デジタル

www.asahi.com

 公立学校教員の給与について、残業代を出さない代わりに一律支給している上乗せ分を、働き方改善の条件付きで今の「基本給の4%」から段階的に上げていく案を財務省がまとめた。関係者への取材で分かった。

 一方、文部科学省は、来年度途中から「13%」に増やすよう予算要求をしており、考えの違いは明らか。なり手不足が深刻化する教員の待遇改善策をめぐり、来年度予算編成に向けて綱引きが激しくなる。

「1度口から出しちまった言葉は、もう元には戻せねーんだぞ… 言葉は刃物なんだ。使い方を間違えると、やっかいな凶器になる… 言葉のすれ違いで一生の友達を失うこともあるんだ…」
 劇場版『名探偵コナン 沈黙の15分(クォーター)』の中で江戸川コナンが発した言葉だが、政府から出てくる言葉はしばしばあまりにも軽い。

【経緯1:文科省、見通しのない調整額2.5倍をぶち上げる→それを教員が蹴る】

 今年(2024年)4月4日、教員の確保に向けた議論を進める中央教育審議会特別部会で「現在の残業時間が大幅に増えていることも踏まえ『少なくとも10%以上に引き上げるべきだ』といった指摘もあった」という報道があった*1
 具体的な、しかも異常に大きな数字が出てきたので眉にツバをつけていたら約一カ月後の5月13日、部会は「10%以上」をそのままとする「審議のまとめ」を提出してきた。
 これだけ大きな話になると当然、財務省との擦り合わせは済んでいるはずで、“地獄の窯は開いても財務省の財布は開かない”とまで言われた(私が言った)財布をよく開けさせたものだ、誰が開いたのか、そこまで有力な政治家は誰だろうと考えているうちに、別方向からさらに驚くべきニュースが飛び込んできた。
 中教審のこの案に対して、審議会を傍聴していた謎の団体「(給特法を考える)有志の会」が、
「点数を付けるとすれば0点だ。審議を最初からやり直してほしい」
とかみついたというのだ*2毎日新聞によると、現職教員らに広がる失望と怒りだそうである。4%の調整額を「10%以上」にしても「定額働かせ放題」の状況は変わらないじゃないか、それではダメだという趣旨だが、「10%以上」案を蹴って、何が手に入ると考えたのだろう。
*1:教員「残業代」、中教審で増額意見が大半 今春に方向性 - 日本経済新聞
*2:教員確保策、中教審案は「0点」 現職教員らに広がる失望と怒り | 毎日新聞

 

【調整額と残業代、実質の何が違うか】

 調整額がなくなって残業代が出るようになったとしても、現在の教員の時間外労働80~100時間以上を政府が青天井で認めて、
「ハイ、キミ! 今月の時間外労働80時間。だから残業代は13万円弱。どうぞ!」
と出すはずがない*3。基本は教員の超勤4項目(生徒の実習に関する業務、学校行事に関する業務、教職員会議に関する業務、非常災害等やむを得ない場合に必要な業務)でその範囲のみ認めて実際に残業代のほとんどを出さないか、上限20時間とか切ってあとはサービス残業にされるか、その辺がオチだ。

 ちなみに上限20時間だと残業代は最大3万2000円程度で、現在よりはいいが「調整額10%以上(3万円以上?)」よりは微妙に低いかもしれない。8月の来年度予算概算要求で文科省は13%の調整額を要求したが、これだと4万2000円程度にはなる。しかもこの4万2000円はボーナスにも反映し、退職金にも組み入れられる。
 さらにちなみに現在の4%の調整額(1万3000円弱)がなくなって残業代が創設されれば、いったんは全員が調整額分の減給となる。したがって育児があろうが介護があろうが、現在の生活を維持するためには減給分をとり戻さなくてはならないから、とりあえずみんな一斉に残業をし始める。
 どっちみち仕事はあるのだ、家でやっていた分を学校に戻すだけだ、しかし子育てや介護のある家では負担は大きい。

【経過2:二転・三転・暗転】

《調整額に代えて残業代などということになったら大変だが、とりあえず文科省としては「10%以上の調整額」なのだ》
 そう思って安心していたら5月21日、財務相の諮問機関である財政制度等審議会が、
「調整額の大幅増なんて筋違いだ。人材確保は業務の効率化の徹底でやるのが本筋だろう」
と、まあ、これが、インドのよだれ、セイロン中の正論。*4
 なんだよ、根回しも下拵えも何もできていなかったのかと初めて知ったわけである。もしかしたら「有志の会」は強い味方を得てほっとしたのかもしれないが――。

 その後の動きが見えないまま8月になって、文科省は「10%以上」を正式に「13%」に書き換えて来年度予算に概算要求。財務省に“とんでもない”と突っ撥ねられたはずなのにこの強気は何だと思っているうちに、11月3日、財務省は、
「残業代の方が安く済みそうなので、関係省庁で話し合って、そちらの方で進めるようにしています」
と、文化の日におよそ文化的ではない話をリークする *5

 私などは、
「何だい、結局、教育に対する配慮ゼロの金銭問題かよ」
と鼻白んで苛立つのだが、そのわずか二日後に今度は文科大臣が、
「残業代の検討なんかしていまセン! 給特法は大事です」
とか猛然と反論する*6に至ってワケが分からなくなり、昨日になって出てきたのが引用記事の、
残業代を出さない代わりに一律支給している上乗せ分を、働き方改善の条件付きで今の「基本給の4%」から段階的に上げていく
という財務省の案なのだ。余計にワケ分からん・・・。
*3:以下の計算は2023年の平均給与(本給)322,300円を基礎に計算。
*4:教職調整額の引き上げは「適当ではない」 財政審が建議

*5:公立校教員に残業代支給を検討 定額廃止案、勤務時間を反映:東京新聞 TOKYO Web
* 6:給与特別措置法の廃止は考えず 文科相「合理性を有している」:東京新聞 TOKYO Web

【朝三暮四よりなお悪い】

 実は財務省には、教員の時間外労働を平均20時間程度に抑えた上で、最終的には残業代を払う仕組みに変えていきたい思惑があるという。
 平均20時間と言えば現在の調整手当4%の根拠となった月8時間の2.5倍である。文科省のぶち上げた調整手当13%は現在の調整手当の3.25倍だからそれよりはずっと安く済む(およそ75%)。おまけに残業代はボーナスにも退職金にも反映しないから、実質的には75%よりもさらに安くあがるという計算だ。
 さらに、一気に上げるのは難しいから時間外労働時間が平均20時間に近づいているのを確認しながら、5年程度かけて調整額を本給の10%、つまり現在の2.5倍まで引き上げる(そのあと残業代に変更する)のだという。
 しつこいが、同じ2.5倍でも調整額を2.5倍にしてしまうとボーナスや退職金に反映しなくてはならないが、残業代にすればその分の支出を減らすことができるのだ。なかなか(ずる)賢いやり方である。
 朝三暮四よりもさらに悪い話なのに、うっかりすると見過ごしてしまう。

【時間外労働平均20時間なんてできるはずがない】

 だが安心したまえ。この話、財務省の言う通りに決まったとしても絶対に上手く行かない。必ず将来に禍根を残し、問題を引きずって繰り返し蒸し返される。

 なぜなら教員は単にだらしなく時を過ごして時間外の労働時間を増やしているわけではないからだ。やらなくてはならない仕事はいくらでもあって、現実として積み残した仕事が山ほどある。そんな状況でどんなに金を積もうが叱咤しようが、はたまた恫喝しようが脅迫しようが、あるいは暴力をもってしても、勤務時間外の労働時間を平均20時間に抑えることなどできるはずがない。
 もしできるとしたら多くの教員がタイムカード不正をしたり、退校時間は管理職がうるさいからと午前5時~6時といった早朝出勤を始めたり、今と同じような大量の持ち帰り仕事をする教員が大幅に増えている場合だけだ。
 
 時間外労働を減らす道は、「人を増やす」か「仕事を減らす」か、はたまた「両方を同時にやるかといった古典的で、本質的な、三者択一のだけなのである。もう合理化・IT化だけでは吸収できる分量ではないのだ。
 痩せて見える補正下着にも詰め込める肉の量には限界がある。