キース・アウト

マスメディアはこう語った

中高生同士の盗撮犯が2年間で550人超にもなるという。教師はスマホを教室に持ち込めない時代に、なんで子どもにスマホを持たせてしまったのだろう?

(写真:フォトAC)

 記事

 

 中高生同士の盗撮500人超 4割が校内、処罰法施行後
(2025.07.12 東京新聞

www.tokyo-np.co.jp

 
 中高生が同級生らを盗撮したとして摘発された人数が、2023年7月に性的姿態撮影処罰法が施行されてから今年5月まで計550人だったことが11日、警察庁への取材で分かった。うち約4割は校内で発生。中高生にとってスマートフォンタブレット端末が身近になっており、専門家は「再犯防止のため、カウンセリングなどの早期治療が重要」と訴えた。
 (以下略)

 

 今年、いわゆる「教師による児童盗撮画像共有事件」が報道されて半月。ネットニュースはテレビ・新聞からの引用だったのが、週刊誌の引用に代わり、やがて月刊誌の引用へと移ったものの、新たな情報はほとんどないので同じ情報の焼き直し。同じ犯人が同じ犯罪を、同じように繰り返しているような錯覚を覚える。
 秘匿性の高いSNSで画像を共有した10人の中で、逮捕されたのが3人だけという状況は変わらず、主犯格の教諭の「女子児童のショートパンツの中の下着をデジタルカメラで盗撮してSNSに載せた」という犯罪行為もいつまでたってもそのままなので、
 「体育館座りをしていた児童を正面に近いアングルから撮影したら、チラッと下着まで写ってしまいました」
と、その程度の話に矮小化されかねない。すでに懲戒免職になっている名古屋のS元教諭や横浜のF教諭並みの物的証拠でも出てこない限り、逮捕はしたもののとうてい起訴できる段階にまで進んでいきそうにない、こんな状況でこの先どうなっていくのだろうと、あれこれ考えてる間に、今度は生徒の盗撮である。

【子どもが子どもを盗撮する】

 中高生が同級生らを盗撮したとして摘発された人数が、2023年7月に性的姿態撮影処罰法が施行されてから今年5月まで計550人だった
 2年弱で550人だから長期休業などを考慮すると、ほぼ毎日、どこかで生徒が生徒を盗撮している計算になる。
 もちろん立場を利用した教師の盗撮はまったく重みは異なるが、撮られた被害者からすれば画像が出回ることには変わりない。友だちだからまあいいか、ということにはならないだろう。いやな時代が来たものである。
 昔から女の子の着替えを覗きたがる中学生はいくらでもいたが、実際に行動を起こす際は自ら危険を冒し、報酬も罰も自分ひとりのものだった。しかし現在は、スマホやカメラを設置するだけという、一義的には危険の少ないやり方で、しかも成果は共有する。場合によっては自分は危険を冒さず、誰かにやらせて成果だけを吸い上げるということだってあるだろう。被害者にとっては、《危険はいつでもどこにでもある》ということだ。どうしてこんな時代になってしまったのか。
 しかしかえすがえすも残念なのは、つい数年前まで、多くの中学校高校でスマート・フォンは持ち込み禁止だったということだ。今も禁止なら少なくとも校内の盗撮は格段に少なくなり、教師の指導が問われることもなかった。そうした状況をこじ開け、スマホの校内持ち込みを強力に推進したのは当時の文科省、その背後にいる政府官僚、議員、そして世論だった。

文科省は校内へのスマホの持ち込みを積極的に推奨した】

 記録によると、
 文部科学省は2020年6月24日、学校における携帯電話の取扱い等に関する有識者会議を開催し、まとめ案を示した。小中学校では携帯電話の持込みは原則禁止だが、中学校では一定の条件のもと持込みを認めることが妥当だ
と報告したことがあった。*1
 学校にしてみると今まさに教育の最前線でスマホ排除戦争を戦っている最中に、政府によって背後から撃たれたようなものだ。

 参考記事の続き読むと、生徒の学校へのスマホ持ち込みは、2018年6月に登下校時間帯に発生した大阪府北部地震を機に、登下校時に限って児童生徒が携帯電話を所持できるよう、持込み禁止の方針が一部解除されたことに始まるという。いざという災害の日のために、連絡手段は確保しておきたいとみんなが思ったのだ。
 しかしそれはほとんどの人にとって表向きの理由だったのかもしれない。

【ウィン・ウィン・ウィン・ルーズ】

 そもそも親も子も、実は目の前にとてつもなく便利なものを置きながら、手を伸ばすことができないことにいら立っていたのだ。子どもにスマホさえ持たせれば部活から学習塾への送り迎えもスムースにできる、スマホさえあれば遊びにいった息子をいつでも呼び出せるし、スマホさえあれば様々な機会にひたすら待つだけといった無駄な時間をなくすことができる。そうした便利さの前に、スマホの持つ危険性は限りなく小さく見えたに違いない。

 財界は子どもが小さなころからIT機器の大量消費者になることをこころから望んでいた。もちろん子どもに金はないが、機器の利便さに負けた親はすぐに買ってくれる。親に金がなければ親のうしろにいるジジババがすぐに出してくれる。親にそそのかされてジジババに「友だちはみんな持っているのにボクだけない」と言えば、年寄りはいくらでも金を出してくれるものだ。

 政界はーー今から考えると極めて泥縄的な発想をしたのかもしれない。
 2020年4月7日の閣議は「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」の一環として、文部科学省が2023年度を目標に掲げていた「GIGAスクール構想」を前倒で実施し、2020年度内に児童生徒に1人1台の端末(タブレット等)を配布するよう指示を出した。
 2020年4月といえば3月2日から続いていた新型コロナによる全国一斉の緊急休校が終わり、そろそろ学校を再開するとともに次の休校にも備えなくてはならない時期だった。動きの鈍い地方行政を慮って一応2020年度末には端末の配布を終えるようにとは言ってみたものの、新型コロナの状況を考えると一刻も早くリモート学習の環境を整えなくてはならない。2020年度中では遅すぎる。端末が一部の子にしか行き届かないとしたら、とりあえず一部は親たちに負担してもらうしかないだろう、ここは一番、「中学校では一定の条件のもと持込みを認めることが妥当だ」といった話にして、できるだけ多くの親たちに買ってもらい、学校に持って来させるのがいいーーそんなふうに考えたのかもしれない。
 いずれにしろ、自由と便利を獲得した子と親は喜び、マスコミは祝福し、経済界は潤い、メンツの保たれた政府は安堵する。
 問題は先送りでいいし、対応は教師にさせればいいーーメデタシ、メデタシ。

 【ルーズ・ルーズ・ルーズ・ウィン】

 しかし良いことばかりではない。
 文科省が「スマホを学校に持ってきていい」と言うのは「買ってもらって、持って来い」と言うのと同じである。「みんなが持っている」ということになればたいていの親は無理をする。無理ができなければジジババを頼る。

 教員の意欲にも陰りがみられるようになる。
 文科省も、
「このコロナ禍は必ず長引く。学習端末が全員に行き届くまでは親の経済力を当てにするしかないから、今だけはスマホの校内への持ち込みを許可してほしい」
と、そんな言い方をすればよかったのに、「政府の力不足を親の金で補うのか」といった批判を恐れたのか、スマホの校内持ち込みを「もう時代は変わった、ブラック校則は改正しよう」みたいな文脈で言うから教師たちも愕然とし、絶望する。
「学校にスマホが持ち込まれれば子どもたちは勉強しなくなるぞ、ゲーム漬けになるぞ、SNSいじめが広まるぞ、盗撮があるかもしれない。やばいバイト(現在なら闇バイト等)に誘われるかも知れない。大人の目の届かないところで未知の人間関係をつくるようになるぞ、本来はまったく接点のなかったはずの人間と付き合い始めるぞ、携帯電話の7人向こうには暴力団員も犯罪者もいるんだぞ」
 教師たちが大声で叫んでも喜びに沸く人々の耳には届かない。そして恐れたとおりのことが起こる。
 もっとも盗撮もSNSいじめも、出会い系サイトも闇バイトも、ゲーム依存もスマホ依存も、全部わかっていてスマホを渡したのだ。子どもによる盗撮2年間で550人もたいしたことではない。何とかみんなで対処してくれればいい。

 アップル社のスティーブ・ジョブズは自らがスマートフォンを開発しながら自分の子どもには持たせなかった。マイクロソフトビル・ゲイツも自分の子どもたちがIT機器を持つことに消極的だった。有名な話である。そしておそらく、教師の子どもたちは有意にスマホ保有率が低いはずだ。持っていても利用は少ない。きちんと管理できるから持つことが許された子ばかりだからだ。
 私は教師たちが職場と自宅で異なる指導・教育を行うことは正義にもとると考えている。しかし学校で強いられている間違った教育を、家に持ち帰って家庭でも行えとは、やはり言えない。
*1:resemom.jp

(参考)

kieth-out.hatenablog.jp

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