(写真:フォトAC)
記事
小学校の早朝開門、トラブルは教員でなく校務員が対応 群馬・高崎市
(2025.11.26 朝日新聞)
小学校の開門を来年度から午前7時に早めるという群馬県高崎市の方針をめぐり、富岡賢治市長は25日の記者会見で、早く登校した子どもたちにトラブルなどが起きた場合は、開門する校務員が対応にあたると説明し、「何かあったからといって教員に出勤を求めない」と強調した。
早朝開門は、親が早朝に出勤する共働きや一人親世帯を支援する狙い。来年度から全58の市立小学校の開門時間を、いまの午前7時30~50分から繰り上げる。各校にいる校務員が早めに出勤して開門し、教員の負担は増やさないとしている。早朝に登校した児童を見守るための人員は配置しない。
(以下、略)
評
【文科省も教育員会も政治家の言いなりだ】
文教政策に問題があると人はすぐに「文科省の馬鹿が」とか「教育委員会のアホが」といった言い方をするが、すでに文科省にも教委にも主体性はない。
国の省庁の官僚が主体性をもって行った過去の政治を「官僚政治」というが、いまこれを問題とする人はいないだろう。現在は文科省も官邸の言いなりである。官僚は完全に政治家の下請けとなった。もっともそれが法律上の本来の姿だから文句を言う筋合いではない。
同様に教育委員会は各自治体の長の下請けでしかない。大昔(1948年~1956年)、首長と並んで教育委員長が公選制だった時代は、それでも両者は平等、教委も主体的でいられたが、いまや教育委員長は首長が選んで(議会の承認を得て)任命する時代だ。したがって都道府県教委は知事の、市町村教委はそれぞれの首長の、指示を無視して活動はできない。引用した記事で富岡賢治・高崎市長が教委や教職員の発言を軽々しくあつかうのには、それなりの理由があるわけだ。
【政治家には、やらなければならないときがある】
もちろん、良民に選ばれた首長だからと言って何でもできるわけではない。権限があるからと言って、ただ振り回していたのでは動くものも動かない。だから普通の長は周囲や下々意見をよく聞き、妥協点を探りながら自分の意思を通すよう、辛抱強い交渉を行うのだ。
ただし志をもって政治を行う以上、個々の政治家にはどんなに反対にあっても絶対に押し通さなければならない重要案件のひとつふたつがある場合がある。
国レベルで言えば、消費税導入した時の竹下総理、5%に引き上げたときの橋本内閣は、ともに必要なことを行って政権を去った。小泉総理は郵政民営化に政治生命をかけ、このときはうまくやっている。
地方で言えば、大阪都構想の住民投票が否決されたことで2015年には橋下徹大阪市長が、2020年には松井一郎大阪市長が辞任しているし、沖縄県では玉城デニー知事が諦めずに「辺野古新基地建設反対」を訴えている。政治家とはそういうものである。もしかしたら高崎市長にとって、「教職員の労働時間を増やさず、しかも市民の要望に応えて学校を早朝に開けること」は、政治生命をかけてもいいほどの重要案件なのかもしれない。
小学校早朝開門問題は、大阪都構想とは違って、一朝、大きな事故が起こったら、市長が責任をとって辞めれば済むということにはならない。それでも敢えてやろうというのだから、よほど深刻な理由があるのだろ。私みたいな小者ではとても決断できない話である。想像するだに恐ろしい。
【実際にどこまでできるのか】
校務員というのは学校の環境整備・その他の用務に従事する教職員のことで、一般には学校教育法施行規則第六十五条で定められた「学校用務員」という言い方の方が、なじみがあるだろう。昭和の初期には「小番(こづかい)さん」と呼ばれた職で、普通は1校にひとり。朝の開錠・開門と夕方の閉門・施錠があって活動時間が長くなるため、午前と午後の中抜け勤務だったり、ふたりで午前・午後を分けたりということもあるが、同じ時間にふたり以上が勤務する学校にはお目にかかったことがない。私の初任校は生徒数1400人という大規模の中学校だったが、それでも用務員はひとりだった。そのたったひとりの用務員(校務員)が、朝7時から一般教職員の勤務が始まる8時20分ごろまでの1時間20分について、責任を持つわけだ。
7時に開門すれば8時前にはほとんどの児童が登校してくるだろう。親は早く仕事に行きたいし、子どもも朝の時間にたっぷり遊びたい。500人規模の小学校だとするとその500人の大部分が校庭や体育館、教室で暴れまくっている。それをたったひとりの校務員が統括する。
喧嘩があってもいじめがあっても、ケガをしても重篤な病気の発症があっても、一義的に対応しなくてはならないのはたったひとりの校務員。できるか?
いやそうではない。これまでも市内各校は午前7時30~50分ごろには開門していたのだ。それを午前7時までと、30分~50分早めるだけで、早くなった部分の管理を校務員が行い、従来の部分は今まで通り教職員が対応する――そんなふうに市長は考えているのかも知れないが、それでは筋は通らない。
従来の開門時間は、学校ごと、渋々であっても教職員の理解を得て設定してきたもので、それを市が制度とし7時開門とするなら、以後の責任は市が、具体的には市長が取ることになるはずだ。それで大丈夫か?
【来年度、7時開門が実現したら、起こること】
7時開門となったら高崎市内58小学校の15300人が一斉に登校時刻を早める。仮に7時の時点で登校してくる子が1割だとしても1530人。年間の登校日数が200日だとするとのべ30万6000人が朝の学校を走り回っている。
しかし校務員以外の教職員が7時開門に合わせて出勤を早めることはない。皆、ぎりぎりの生活をしているのだ。市長も「何かあったからといって教員に出勤を求めない」と公言しているし早朝出勤する義理もない。実質的に子どもたちを放置している時間が現在の2倍になるのだから、事故の可能性も2倍以上になる。そんな責任を取らされてもかなわないからと、むしろ遅く出勤する教職員も増えるかもしれない。
私の頭の中には将来の高崎市教育委員会の朝の風景がありありと浮かぶ。午前9時の受付開始とともに苦情の電話が一斉に舞い込む。
「午前7時15分、市内A小学校で子どもが鉄棒から落ちてけがをしたがそのまま10分以上も放置されだれも駆けつけなかった」
「B小学校の体育館で7時5分ごろ、6年生の男子が殴り合いのけんかをして鼻血を出したというのに、校務員は校門に立っていて気づかなかった。もう少しで大けがになるところだった」
「C小学校の2階廊下の、窓のふちに座っている子がいた。しかし誰も指導しない。近くに大人がいない」
「D小の校舎の裏をクマが走ったというのに校務員は警察への電話に忙しく、子どもたちを誘導してくれなかった」
【市長! それでも大丈夫ですが?】
報道の写真をみると市長はマスコミ相手にふんぞり返って対応しているように見えるし、発言も教職員の反対意見は「全く関係ない」と横柄だ。「勤務として教員に早く出てきなさい、ということは求めない。当たり前のこと」
その「当たり前のこと」が日本の学校ではまったく守られてこなかった。
勤務時間内を授業や会議、事務処理で埋め尽くしておいて、
- 誰も、時間外や休日に部活をやれとは言っていない。
- 家に帰ってまで教材研究をやれと言ったことは一度もない。
- 保護者の勤務を考えて、時間外の対応もしろなどと、言ったことは一度もないだろう。
- 全部、教員が勝手にやっていることだ、
それで済んだ。
今回の高崎市の問題でも、教育委員会は、
「これまでも緊急対応が必要な場合は、そのとき学校にいる教職員が対応している。来年度からも同様の考えだ」
と言い、市長もこの件については、
「学校にいる教職員が対応するでしょう、と言っているだけの話」
と呑気に構えているが、これまでと同様に教職員がやってくれると嵩をくくっているのだろうか?それとも小学生がどれほど危険か、まったく分かっていないということなのだろうか?
いずれにしろ大変なことが起きそうな予感がする。