キース・アウト

マスメディアはこう語った

行事や部活のように子どもが好きなものをバンバン減らしたって、教師がガンガン産育休を取っているようじゃ教員不足になるのも当たり前じゃないか――と言われる日が来るぞ。

(写真:フォトAC)

記事


公立校教員4317人不足 4年前から7割増加、校長が担任兼務も
(2026.03.05 毎日新聞)

mainichi.jp

 文部科学省は5日、全国の公立学校のうち2828校で、2025年度の始業日(4月1日)時点に配置されるはずだった教員に計4317人の不足が生じていたと発表した。産休や病気休職で発生した欠員を補充できないことが要因。不足人数は21年度の前回調査と比較して1759人増えた。文科省は人材確保のため対策を打ち出してきたが、効果が出ていない実態が浮かんだ。
 教員不足は、教員の定数を定めた義務標準法に基づいて配置されるべき数に、各教委などが独自に配置すべきだと判断した数を加えた教員の配置計画に欠員が生じている状態を指す。
(中略)
 教員不足の背景には、団塊ジュニア(1971~74年生まれ)の小学校入学に合わせて採用された世代の大量退職に伴い若手の採用が進んだ一方、産育休の取得も増えていることがある。特別支援学級は過去5年で約1万5000クラス増え、教員の需要が増加している。
 一方で、教員のなり手は減少している。25年度の教員採用倍率は過去最低の2・9倍にとどまった。正規採用されやすくなったことで非常勤講師となる人材も減少。長時間労働や保護者対応の難しさなどから「ブラック職場」のイメージが根付き、敬遠されている可能性もある。
(以下、略)

 この問題はもう何べんも扱ってきて、とりあえず今日、新たに付け加える何かがあるわけではない。ただ、マスコミ各社が「教員不足4317人」を扱うに際して、文科省の言い分をほぼそのまま使って、あるいはさらに改悪して、世間に流しているから腹立たしい。

【文科省は悪くない(?)】

「文科省の言い分」とは、今回の教員不足が“不可抗力だ”ということだ。
 要因はふたつ。

  1. 団塊ジュニア(1971~74年生まれ)の小学校入学に合わせて採用された世代の大量退職に伴い若手の採用が進んだ一方、産育休の取得も増えていること。
  2. 特別支援学級は過去5年で約1万5000クラス増え、教員の需要が増加している点。

 ともに文科省の失策ではなく、②などはむしろ官僚の手柄と言っていいほどの成果だと言いたいのだろう。

【本当は、教員は余っている】

 しかしこの場面で文科省が言わなかったこともある。
 それは例えば「精神疾患で休職した教員7,087人で高止まり…文科省調査」(2024年)*1という話。その数は不足の1.6倍であり、この人たちが元気で戻ってくるだけで不足分は埋まっておつりが出る。また、精神疾患による休職者の数は2020年まで長く5000人を前後しており、ここ数年で一気に2000人も増えたのである。せめて4年前の水準に戻すだけで、不足の半数近くが埋まり、2002年まで遡れば、当時は精神疾患による休職者が2700人(2024年よりおよそ4300人減)しかいなかったから、ちょうど不足分が埋まる計算になる。
 病気による休職者は公立学校教員の身分を保ったままなので、一部には今も給与が支払われている。この人たちを病気にしなければ、予算的にもどれだけ助かったことか――もったいない話だ。
 ちなみに「より短い病気休暇(精神疾患による1カ月以上のもの)の取得者と合わせると1万3310人(前年度から265人増)で過去最多」(2025.12.22朝日新聞)*2という記事もあった。
 つまり休職者に匹敵する数の予備軍がいて、この人たちが将来の「教員需要」を高める可能性があるわけだ。ついでにこの記事のタイトルは「心の病で休む教員が過去最多1万3千人 休職の半数は赴任2年未満」で、若者の心が食い荒らされていることが分かる。

【まず隗(かい)より始めよ】

 若者と言えば勤続5年未満の退職者は推定値で2,000~3,000人と言われている。その人たちの半数が残ってくれるだけでも、教員不足は数年以内に終わることになる。
 採用試験の受験者が増える必要はない。いま学校にいる先生たちが生き生きと健康で楽しく働いてくれれば何の問題もないのである。いま学校にいる先生たちの環境を良くするしかない。
 しかしそんなことを文科省は言わないし、マスコミも考えることをしない。「まず隗(かい)より始めよ」*3とはよく言ったものである。

【教員の働き方改革が子どもたちから楽しみを奪っているという見方】

 もちろん文科省は「働き方改革」という名のもとに、教員の職場環境を良くしようと、部活をなくし、行事を細かく精選または削減してきた。それを歓迎する教師は多い。
 だが一点だけ留意しておかなければならないことがある。それは一部の児童生徒にとって、部活や行事は学校にくる動機付け(生きがい)だったということだ。部活のためだけに学校に来ている子や、運動会や文化祭が楽しくて登校してくる子は、いくらでもいたということである。勉強が大事とは言っても、どう努力しても成績の伸ばせない子はいる。そもそも頑張っても伸びない領域で「それでもがんばれ」と言われてもできるものではない。そういう子に対しても「今後は勉強一本でやっていく。スポーツや芸能ではなく、英語やプログラミングを楽しめ」と言っている、それが現状だ。
 しかしそれで通用するのか。何事も起こらずやっていけるのか。仮に問題が起こったとして、その原因は誰に帰属されるのか。

【将来の評価:結局すべて悪いのは教師だ】

 今回取り上げた毎日新聞の記事はまだ良心的なものである。教員が不足している原因について、文科省の言う通り、産育休取得者と特別支援学級の増加といった需要増をあげているものの、同時に長時間労働や保護者対応の難しさなどから「ブラック職場」のイメージが根付き、敬遠されている可能性もあるなどと供給減についても触れている。
 しかし他はどうか。

  • 不足は、定年による大量退職を受けて若手教員が増え、病気や妊娠・出産などで欠員となっても、教員人材が民間企業を希望するなどの理由で、学校側が臨時講師を十分に確保できないため発生。(JIJI.com
  • 大量退職に伴い新卒など若手の採用を拡大した結果、産休・育休の取得者が増えたことが一因だ。同省は不足地域へのベテラン教員の移住を支援するなど、新卒以外の確保強化を検討する。(日本経済新聞
  • ベテランの先生が大量に退職した時期があり、その分たくさんの若い先生が採用されました。若い先生が増えると、当然、産休や育休を取る人も増えます。そのとき代わりに教壇に立つ臨時の先生(講師)が必要になるのですが、その講師のなり手がどんどん減っているのです。(Yahooニュース


 つまりこれらの記事だけを読んだ人にとって、教員不足は教員が産育休を取りさえしなければ起こりえなかった話で、
「教員に産育休を取らせるために、ウチの子は部活も行事も取り上げられ、学校では“お勉強”だけで評価されてダメ人間であるかのように扱われた」
「行事や部活のような子どもが好きなものをバンバン減らしたって、教師がガンガン産育休を取っているようじゃ教員不足になるのも当たり前じゃないか」
といったことになりかねない。
 そしてこんなふうにマスコミが誘導している以上、おそらくこの先の学校問題は「すべて能力のない教師たちが楽をしたいといったワガママが原因だ」といわれる日が来るだろうということである。
 心して、準備しておけ。

*1:reseed.resemom.jp

*2:www.asahi.com

*3:燕の昭王が「どうすれば優秀な人材を国に集められるか」と大臣の隗に相談したとき、隗はこう答えた。「賢者を集めたいなら、まず私のような凡人を厚遇してください。こんな私でさえ重んじられていると知れば、『自分ならもっと遇されるはずだ』と考える賢者たちが集まってくるはずです」。昭王が言われた通りすると、果たして国じゅうからたいへんな賢者が集まってきたのであった。(『戦国策』)