キース・アウト

マスメディアはこう語った

「でもしか教師」が本当にいたかどうかは疑問だが、今は実在する。しかもそれはとんでもない人格者だ。彼らは言う。「今の状況で『どんなにブラック”でも”いい、それでも教員を目指す』と言えるのはボクら”しか”いないのだ」と。

(写真:フォトAC )

記事

 

教師採用倍率「2.9倍」の衝撃…乙武洋匡が語る“なり手不足”の本当の理由
(2026.03.11 日刊SPA!)

nikkan-spa.jp 
 教員のなり手不足が深刻だ。’24年度に実施された公立学校の教員採用試験の倍率は、2.9倍。前年度は3.2倍で、過去最低だった。’21年の調査で全国の公立学校での教員不足率は0.25%だったが、’25年5月時点では0.45%に。特に小学校では他の教員や管理職が代わりの仕事を務めるケースが多い
 
 作家の乙武洋匡氏は「教員不足の背景には、長時間労働と待遇のアンバランスがある」と指摘する(以下、乙武氏による寄稿)。
 
 「でもしか教師」が蘇る危機
 その昔、「でもしか教師」という言葉があった。教員不足により、「教師にでもなるか」「教師にしかなれない」といった不純な動機で教師を目指す人を揶揄するような言葉として使われていた。いつしか死語となった言葉が、蘇りかねない深刻な状況に陥っている。’25(’24年度実施)年度の教員採用試験の倍率は、過去最低の2.9倍。ついに3倍を切ってしまった。さらに深刻なのは小学校の採用倍率で、こちらも過去最低の2倍を記録している。「教育は国家の礎」とも言われるが、そんな礎を現場で支える人材が圧倒的に不足している。
 
 なぜ、若者は教師を目指さなくなったのか。大きくは2つある
 (以下、略)

 記事の割愛した部分を要約すると次のようになる。
『なぜ、若者は教師を目指さなくなったのか。理由のひとつは過酷な長時間労働、もう一つが労働に見合うだけの報酬が支払われていないことである。この状況下では再び「でもしか教師」が蘇りかねない。
 「今すべきこと」は誰の目から見ても明らかだ。仕事を減らすこと、そして今の仕事量に見合う給与を支払うこと』

【記事の質に問題がある】

 記事を読み終えて思わず日付を確認した。
 2026年3月11日。まさに今である。これが10年前、2016年の記事だったら私は乙武氏に深く傾倒したろうし、4年前の2022年であっても感謝くらいはした。しかし今は2026年だ。「教師の殺人的多忙」と「定額働かせ放題」は指摘すべき状況ではなく、判断の前提である。

 問題はすでに「仕事を減らせ」「残業代を出せ」から、「なぜ仕事は減らせないのか」「残業代を出せない状況でどんな工夫が可能か」といった段階の、さらにもうひとつ先に進もうとしている。それが今どき「教師は多忙です」「十分な報酬が出ていません」程度で記事になるのだから“SPA!”もぬるい。まさか温泉気分でこの業界を生き抜こうとしているわけでもないと思うが――。

 乙武氏の経歴を見ると「元杉並区小学校講師」「保育園理事」「東京都教育委員」。さらに作家、タレント、政治活動家、YouTuber。政治団体「ファーストの会」副代表、地域政党「都民ファーストの会」顧問と錚々たるものである。その教育・政治の専門家が、この程度の認識では困る。
 何度も落選しているとは言え選挙にも打って出ようという人なら、どうしたら教員の仕事を減らせるか、どこから残業代をひねり出すのか、具体的に示してほしいものだ。
 ――ということで、ことさら拾い上げてあれこれ言うほどの記事でもないが、一点、気になることがあったので触れておくことにした。
 それは『「でもしか教師」が蘇る危機』という見出しで書かれた部分である。

【「でもしか教師」に会ったこと、あるかい?】

 乙武氏にとって、「でもしか教師」は“低倍率の採用試験でようやく受かった能力の低い教師たち”ということのようだ。
 民間企業や公務員試験を悉く落ちてどこにも就職できない、教員試験だけは底の抜けた鍋のようなものだから頭が悪くてもコミュニケーションに問題があっても合格できる、仕方がない、「教師にでもなるか」「教師しかない」――。
 あるいは、
「公務員だから安定しているし給与もいい。教員なら長期休業もある。子ども相手の楽な仕事で、頑張らなくても気楽にできそう。いまなら受かるかもしれんし――」

 しかし私は「でもしか教師」というのは都市伝説ではないかと思っている。
 そもそも民間も官公庁も、つまり世の中全体の就職状況が厳しい時代に、教員だけが低倍率で入れ食い状態、などといったことがあるのだろうか。就職難の時代ならなおさら、公務員である教職にわずかでも空きがあればあっという間に埋まってしまう、それが道理というものだろう。実際に就職超氷河期は教員採用試験も厳しかった。

 この点は「でもしか先生」という言葉の生まれた1950年~1970年ごろの状況を調べても分かる。大雑把に言ってこの時期は、第一次ベビーブーマー(団塊の世代:1947~49年生まれ)が小学校に入学して高校を卒業するまでの期間で、小中高と順次、教員の数を増やさざるを得ない時代だった。したがって必然的に採用枠は広がり、試験は易化したということはある。しかし同時に、当時は高度経済成長期のまっただ中で、民間企業も官公庁も枠を広げて人材を奪い合っていた時代なのだ。教員試験も楽だったが民間や一般公務員の採用試験も楽だったという、今とよく似た状況だったのである。楽を求めるなら、ことさら教員でなくてもいい。待遇だったら教職よりはるかに良い職場はいくらでもあったはずだ。

【免許がなければ受験もできない】

 さらに「でもしか~」が都市伝説だと言えるのは、いやしくも採用試験は免許を持っている者だけが受けられるという点である。仮に乙武氏の言うような不純な動機で教師を目指す人がいたとしても、受験するには最初から教員養成大学に入るか、一般学部で卒業のための単位を取りながら教職科目を履修し試験を通過して単位を揃えるしかない。その上での教員採用試験なのだ。
 25(’24年度実施)年度の教員採用試験の倍率は、過去最低の2.9倍。(中略)さらに深刻なのは小学校の採用倍率で、こちらも過去最低の2倍を記録している。
と、大昔の10倍だの12倍だの(中学校社会科のような特定の教科に限れば30倍近い例もあった)に比べればはるかに緩いが、気軽に出かけてスパッと受かるというわけにもいかない。
 倍率2.9倍は合格率で計算すると34%。同じく専門に勉強してきた者だけが受験してその職に就く選抜試験――例えば司法試験の41.2%、医師国家試験の92.3%(どちらも2025年)と比べても遜色ないだろう。少なくとも合格率34%は馬鹿でも通る試験ではないのだ。

 昔の「でもしか教師」と言うのはおそらく外見上、いかにもやる気がなさそうに見える教員に対して、事情をよく知らない半可通が、嫉妬と軽蔑を交えてつくった言葉に違いない。
「どうせあいつは『教師にでもなるか』といった軽い気持ちで教員になった、教師しか務まらないようなヤツなんだろう」
 しかしナマ物を扱う学校の教師は、昔も今も、かなり難しいと同時に危険な職業でもあった。それにもかかわらず、免許を取るために教育実習に行ってもなお、「子ども相手の楽な仕事だ」と思っていられる学生がいたら、それはモンスター級の天才だからむしろ教師になっていただくのがありがたい。
 教職を「子ども相手の楽な仕事だ」と本気で信じている人がいたら、それは教育実習の経験も子育ての経験もない、子どもの教育に関して無知な人間に違いない。たとえ結婚して子どもがいても、その難しさをまったく分かっていない人はいくらでもいるのだ。

【現代のでもしか教師】

  では「でもしか教師」は本当にいないのか?
 繰り返すが、「でもしか教師」が話題となった1950年~1970年ごろ、他の就職が難しいから試験の楽な教員になるといった状況はなかった。教育実習を経て“教員が楽な仕事ではない”と知っている人だけが採用試験を受けている状況も今と変わりない。ただ、昔と今では決定的に異なっていることがいくつかある。

  • 総合的な学習の時間、小学校英語、プログラミング教育、特別の教科道徳、全国学力学習状況調査、教員評価・学校評価等々、昔はなかった仕事が大量に増えた。
  • その結果、給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)が成立した1971年(昭和46年)に月8時間と計算された(それが調整額4%の根拠)教員の残業時間は爆発的に増えて、現在は10倍の80時間を超える教師が、(厳しく削減したにもかかわらず)小学校で14.2%、中学校で36.6%もあるということ。
  •  精神疾患による休職者が7000人を超えており、中途退職も増え続けていること。
  • しかもその過酷さが世間に知れ渡り、今後も大きな改善が図れそうにない状況も明らかになってきたこと。

 それにもかかわらず教職に就こうという人たちが定員の2~3倍もいるのだ。日本の若者もなかなか捨てたものではないじゃないか。
 彼らこう考えているに違いないだ。
今の状況で、『どんなにブラック”でも”いい、それでも教員を目指す』と言えるのはボクら”しか”いないのだ
 現代の「でもしか教師」だ。