(写真:フォトAC)
記事
学校教員、精神疾患による退職が過去最多の1300人超 保護者対応など過重労働影響か
(2026.07.22 産経新聞)
精神疾患を理由に退職した公立小中高校の教員が令和6年度、全国で計1319人に上り過去最多を更新したことが22日、文部科学省の学校教員統計調査(中間報告)で分かった。文科省は児童生徒への指導業務や職場の対人関係など複合的な要因があるとみている。
3年前より369人増加
調査によると、6年度に鬱病などの精神疾患で退職した教員は前回調査(3年度)より369人増加した。病気による退職者の75%超を占めた。小学校801人(3年度569人)、中学校365人(同277人)、高校153人(同104人)で、いずれもデータのある平成21年度以降で最多となった。
(以下、略)
評
教壇を去っていった1300人は、単に仕事が嫌になって辞めたわけではない。病気にさえならなければ、いまも最前線で日本の教育を支えてくれたはずの人たちである。
【それはこんな人たちだ】
彼らのうちの多くは10代のうちに教員になることを決め、教育学部で真面目で誠実な4年間の修行をし、あるいは他学部で別の勉強をしながら、重ねて教職課程の単位も取ってきた純粋な人たちなのだ。教育への思いには、並々ならぬものがあったと思う。
教員採用試験も、今は競争率が2倍前後にまで下がって“楽な試験”とみなされるようになったが、それでも専門に勉強してきた人や学校現場の経験者だけが受ける試験だから、低倍率といっても簡単ではない。現在でも受験者の半数以上が落ちる試験なのだ。
そうしてようやく教師になった人たちが、やがて心を病み、休職と復職を何度か繰り返したあげく、ついに教職を去ることになるわけだ。どんな思いで学校を後にするのだろう。もちろん、辞めて第二の人生を生き生きと送り始めるならいいが、必ずしもそうした前向きの再出発ができるとは限らない。
まず、傷をいやさなくてはならない。エネルギーも溜めなければならない。それからどんな職業に就くにしても、高卒の18・19歳や大卒の22歳・23歳の就職ではないのだ。その年齢になれば「知りません」では通らないことも多いのに、普通の会社員として修業はしていないから、年齢にふさわしい仕事ができない。スキルがない。
世間の目はその人を「子ども相手の楽な仕事にも耐えられなかった人」としか見ない。実際にそうでなくても、「そんな目で見られている気がする」から、活動はどうしても後ろ向きになる。後ろ向きになれば成績も上がらず、ミスも増える。やがて「子ども相手の仕事もできなかった」という評価が裏付けられた形となり、普通の職業人としてやっていくことが難しくなる。お情けで雇い続けてもらったとしても、それが宙ぶらりんなまま、定年となる60歳過ぎまでずっと続くのだ。
振り返ってみてほしい。彼がどんな人間だったか。
それは教員に採用されると決まった日に、胸を希望と意欲でいっぱいにしていた人なのだ。
【米百俵はどこへ消えたか】
『1868年、戊辰戦争に敗れた長岡藩は石高7万4千石を2万4千石に厳封され、藩士は「一日三度の粥もすすることができない」ほどの窮乏状態に陥った。
見かねた支藩の三根山藩から見舞いとして百俵(約6トン)の米が届くと、長岡藩士たちは「これで飢えをしのげる」と歓喜した。ところが藩の大参事・小林虎三郎(1828–1877)は米を藩士に配らず 売却して学校設立の資金に充てると宣言。藩士たちの猛反発を受ける。それに対して虎三郎は次のように語って譲らなかったという。
「百俵の米も食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」
虎三郎は結局米を売却。その資金で国漢学校を開校。ここから山本五十六など、後に日本を支える多くの人材が輩出した』
この話を改めて全国に広めたのは、小泉純一郎元総理大臣だった。彼は2001年(平成13年)5月7日の第151回国会・所信表明演説で「米百俵」を持ち出し、「聖域なき構造改革」を国民に訴えるのに、“痛みに耐えて未来を良くする”という意味で、この逸話を持ち出した。
腹立たしいことに、「米百俵」の逸話は「痛みに耐える」という部分でのみ、使用されただけで、学校や教師を大切にし、教育に金を使う、という方向には進まなかった。それどころかここから15年あまりが、職員室を過酷にした苦難の時代だった。
その前年(2000年)、総合的な学習の時間とキャリア教育が始まり、その翌年(2002年)は内容を十分に減らさないまま授業時数のみを削った(いわゆる)「ゆとり学習指導要領」が完全実施され、2006年には全国学力学習状況調査(いわゆる全国学テ)、教員評価・学校評価が義務付けられた。
2008年には授業時数が年間945時間から980時間へと増やされ、2011年には1015時間へと元に戻された。学習内容もほぼ2001年以前へ戻されたが、学校週5日制は6日制に戻さなかったのでひたすら窮屈になっただけだった。
さらにそこへ「環境教育」だの「SDGs教育」だの「ICT教育」だの――。他に「プログラミング教育」「メディアリテラシー教育」「(阪神淡路大震災以降の新しい)防災教育」「消費者教育」「食育」「ジェンダー平等教育」「いじめ防止教育」「多文化共生教育 」「金融教育(金融リテラシー)」「主権者教育」等々が被さってくる。もちろんだからといって従来の「人権教育」や「平和教育」「性教育」などがなくなったわけではない。
そして文科省は唐突に、「夏休み中の学校を開放するように」とまで言い始める。
【米百俵を食いつくした上で、下々の“今あるもの”まで奪う】
夏休みまであと20日というタイミングで、「子どもたちのために休み中の学校を開放するように」と通達を出したのは現・松本文科大臣だが、この人は「精神疾患による退職者1300人」をどうとらえているのだろう。
これについては別の記事*1にこんな記述があった。
松本洋平文部科学相は24日の閣議後会見で「重く受け止めている。学校における働き方改革を加速するとともに、教員のメンタルヘルス対策の推進を図ることが重要だ」と述べた。
ああ、重くは受け止めてくれているのか――精神疾患による休職者も7000人を超えているからな。
しかし松本文科大臣はこうも言う。
「職場の対人関係や事務の負担など、多様な要因が複合的に影響している」
なるほど、先生同士の人間関係や事務仕事が負担になるような状況、つまり教師自身の性格や能力に問題があると考えるわけだ。
だから対策も、
「管理者によるケアなどの予防的取り組みやストレスチェックの実施、相談体制の充実などを進めている」
ということになる。
仕事は減らさない、人は増やさない、ゆっくりできるはずの夏休みも取り上げる、あとは教育委員会や校長の努力で、何とかするようにという話なのだ。
若者よ、やはり教師になんかなってはいけない。






