(写真:ChatGPT)
記事
【小学校火災】児童を助けた40代女性音楽教師が一転、失火の“容疑者”に…燃えた衣類は「金管バンドのユニフォーム」か
(2026.06.27女性自身)
6月19日に発生した、東京都北区の滝野川第三小学校の火災。児童や教職員11人が搬送され、児童と女性教員1人が骨折の重傷を負ったが、24日になって40代の女性教員が「サーキュレーター(送風機)を使って洗濯物を乾かしていた」との趣旨を警視庁に説明していることがわかった。警察は失火容疑で火災との因果関係を捜査している。
「この女性教員は、火災の発生時、音楽室で5年生の児童26人に音楽の授業をおこなっていました。その隣の音楽準備室から煙が上がりましたが、廊下を伝っての避難はできない状態だった。女性教師は児童を窓から脱出させ、ひさしの部分に避難させたといいます。これは通常の避難経路ではなく、咄嗟の判断だったようです。
結果として児童1人が骨折しましたが、ほかの児童を無事避難させることができました」
(以下略)
評
【悪意ははびこる】
基本的に女性週刊誌を読むことはないが、Yahooニュースが転載していたので本家をたどって読み直した。というのは、Yahooはしばしば記事を短期間に削除してしまうためリンクは元記事に貼っておいた方が安全なこと、また、稀ではあるが、Yahoo記事が抜粋だったりすることもあるので元記事に当たっておくことが必要だ。
滝野川第三小学校の火災は、音楽科の教師が準備室で洗濯物を干して電気ストーブで乾かそうとしていたためだという話は一昨日あたりから出ていた。当初はXなどで蜂の巣をつついたような騒ぎで、
「音楽科教師が日常的に学校で洗濯をしていた私物で、“忙しくて家ではできないので学校でやるしかなかった”などと言い訳をしている」
などと、発火点の低い人々によるまことしやかな話で盛り上がっていた。
【わざわざ学校で私物の洗濯をすることはない】
言うまでもないことだが、ありえない話だ。
朝の忙しい時間に洗濯物をバッグに詰め込んで満員電車で学校まで運び、家庭科室の洗濯機で洗濯をしてから(というのは、洗濯機は普通、家庭科室にしかないからである)4階の準備室まで持ち上げ、そこでハンガーに掛ける。電気ストーブのスイッチを入れてサーキュレーターを回し、乾いたら午後、それを畳んでまたバッグに詰めて家に持ち帰る――その方がよほど面倒くさく、時間もかかりそうだ。
私だったらどうするか教えてやろう。
朝、洗濯物はバッグではなく、洗濯機に入れてスイッチを押し、それから出勤するのだ。全自動洗濯機だから帰宅した時にはすでに乾燥まで終わっている。干す手間もない。こんな簡単な方法があるのに、何が悲しくて家庭の洗濯物を職場に持って行かなくてはならないのか。
さらに言えば音楽室は専科の教師だけが使うものではない。低学年では学級担任が音楽の授業も行うことが多く、準備室に足を入れることもある。若い男性教師だっている。そこに私物――家族と自分の下着を干せるか?
少し考えただけでもアホなヨタ話と分かるのに平気で拡散していったのは、やはり一部の人々の教師不信には、測りがたいものがあるということだろう。考えさせられはする。
【結局、備品は教師が洗濯するしかない】
もっとも事件の扱いは一夜明けるとすっかり変わっていた。今回とり上げた『女性自身』の記事に対するコメント欄も好意的なものが中心となり、擁護の声が大きくなってくる。
常識的に考えて、教師が堂々と家庭科室で洗濯して干せるのは学校備品だけであり、音楽準備室に干したとしたら、インタビューを受けていた子どももその存在を語っていた『鼓笛隊の制服』がもっとも怪しいことになる。電気ストーブまで使って慌ただしく乾かしたのは、翌土曜日か日曜日に何かの演奏行事でもあったのかもしれない。
同じ教員や鼓笛隊(吹奏楽部)経験者、その保護者たちはほぼそのように想定し、確信する。けれどその上でさらに、疑問を呈する人たちもいる。
- 鼓笛隊の子どもたちが使う制服。なぜ親たちに洗わせないのか。家に持ち帰らせ、クリーニングに出させるなり、自宅で洗濯しアイロンをかけて提出させればいいではないか。
- 学校の備品なのだから、公費で洗うのは当然だろう。なんで教師が自分で洗わなくてはならないのだ?
実はその答えもコメント欄にある。
「1」 については、
- きちんと洗って返せない家がある。
- そもそもアイロンを持っていない家がある。
- クリーニング代を出せない家がある。
- いちど持ち帰らせると、なかなか戻ってこない家もある。
- 備品の管理は学校でやるものだからと、親にやらせることに不信感をもつ保護者がいる。
「2」 について言えば
- ・教育予算からクリーニング代を出させるということになると、他のどの予算を削ればいいのかということが問題になる。
- 鼓笛隊のない学校も存在することを考えると、公費から制服のクリーニング代を出すことは不公平につながる可能性がある。
- もちろん潤沢に資金があればいいのだが、学校予算を増やすことを理由としたものでも増税に国民が応じるとは考えにくく、予算は行政改革によって生み出すしかないが、その行政改革の枠には教員の給与あるいは人員削減も入ってくる。
- だとしたら安易に予算の増加を求めるわけにはいかない。
かくて毎年、学校じゅうのカーテンを洗うように、鼓笛隊の制服も教師が洗うことになる。それどころか鼓笛隊(あるいは吹奏楽部)の制服そのものを自腹でつくる教師も出てくる。
より良きもの、より素晴らしいものに仕上げようとすると、どうしてそうなってしまうのだ。
しかし、だからと言って当該音楽教師の罪が免れるわけではない。失火の責任はもちろん取らなければならない。それは前提だ。






