キース・アウト

マスメディアはこう語った

有能で教育に熱心な講師は、来年度当初、学校からいなくなってしまう。超多忙な4月の学校を避けて、5月の教員採用試験に備えるためだ。大丈夫、5月が終われば新規採用教師の誰かが倒れ、講師の口はいくらでも出てくるさ。

(写真:フォトAC)

記事

 

教員採用試験 実施日の目安「標準日」 来年度は5月に前倒しへ
(
2024.04.26 NHK)  

www3.nhk.or.jp

公立学校の教員の採用倍率が過去最低となる中、文部科学省は教員採用試験を実施する日の目安となる「標準日」を、民間企業の面接の開始より早めるため、今年度の6月16日から来年度は5月11日に1か月以上前倒しする方針を固めました。

昨年度採用された公立学校の教員の採用倍率は3.4倍と過去最低となり、中でも小学校は2.3倍と5年連続で過去最低となっています。
(以下、略)

【社会情勢や制度の割を食う人々】

 世の中には本人の能力とは無関係に、社会情勢や制度のために割を食って苦しい生活を強いられる人たちがいる。
 就職超氷河期の卒業生がそうだし、それに比べたら大したことはないが、教育関係では免許更新制度のもとで自腹を切って何時間もの講習を受けたひとたちも同じだ。2回受けた人と1回しか受けなかった人、全く受けずに済んだ人の違いは“運”と”年齢”だけである。

 東京都の公立学校の副校長たちは4~5倍という競争率に阻まれてなかなか校長になれず、一般教員をはるかに上回る超多忙のまま定年を迎える人もいるという。出世の階段の1段目である主幹教諭になるときも2段目の副校長になるときも1・1倍というゆるい試験だったのに、校長昇任だけがなぜ難しいのか、一校における校長と副校長の数は同じはずだから、校長がひとり退職するごとにひとり繰り上げればいいだけなのになぜ急に4~5倍なのか――。
 実は校長の抜けた分を副校長で埋めるのは容易ではないのだ。なぜなら校長が抜けるたびに副校長を繰り上げていると、もともと1・1倍しかない実務の要、超多忙な、超重要な副校長の席が、空いてしまうのだ。そこを埋めようと主幹教諭を繰り上げると、ここも1・1倍だから席が空く。
 かくて副校長や主幹教諭の席が空かないよう、再任用校長を多用して校長の席を埋め、副校長の出世の道をふさいでいでしまう。校長昇任4~5倍はこのようにつくられる。本来は主幹教諭や副校長の席に魅力があって、応募が殺到すれば、何の問題もない話なのだが――。

【「講師」という立場の人たち】

 全国の公立学校には「講師」という便利な職がある。「便利」というのは設置者にとっての便利なのであって、講師本人や児童生徒にとって便利なわけではない。正規職員は、本人に問題のある場合でさえクビにするのが難しいのに対し、講師は簡単に捨てられる。「学校で正規職員がひとり療休に入ったから来てください」と招聘し、「療休が明けるので辞めてください」で辞めてもらうこともできるのが「講師」だ。
 臨時ではなく、年間を通して置かれる講師の席もある。彼らが常駐する最大の理由は、少子化による将来の学校減・学級減、ひいては職員の削減に備え、「やがて潰してしまう緩衝材」として役割を担わされているからだ。いつか減らさなくてはならない枠に、制度上きわめて辞めさせにくい正規職員を置くわけにはいかないのである。

【誠実な講師はいつまでたっても「講師」のままでいてくれる】

 中には講師暦10年~20年といった猛者もいて、正規教員よりもはるかに優秀な場合も少なくないのに「講師」のままだったりすることがある。彼らの多くは「講師」であり続ける不都合も、甘んじて受け入れる覚悟のできた人々である。
 講師も4~5年目くらまでは真面目に採用試験を受けているが、何年も落ち続けるうちにやがて意欲を失う。落ちる理由が能力ではなく、「おそろしく多忙で受験勉強もできない」状況のためなので、大学生とまともに戦っても勝てる気がしないのだ。ここ数年は有利な条件も提示されるようになったが、「講師」が必要とされる状況が変わらない以上、「講師」にとって採用試験は楽にならないようにできているのである。
 
 かつて夏休みに行われていた採用試験が7月上旬に繰り上がり、さらに6月まで繰り上げられると多くの「講師」が受験すること自体を諦めた。設置者にとって「講師」が「講師」のままでいてくれることは都合の良いことだったから、誰も手を打たなかったが、それがさらに早まって5月上旬になるという。講師はもう絶対に受験ができない。
――と、しかし待てよ、そこまで早まると逆に話は違ってくるかもしれない。

【講師はむしろ対応しやすくなる?】

 殺人的に忙しい4月を終えてすぐの採用試験など、基本的に100%ありえない。しかし4月当初は講師に応募せず、5月11日の受験を果たした後で応募しようとした場合、それでも講師として採用される可能性はあるのだろうか――。
 いや、ある。それが現在の答えである。
 
 5月~6月、あるいは7月あたりまで待てば、必ず講師の仕事はある。なければ別のアルバイトでしばらく凌げばいい。これまでだって苦しかったのだ。もうしばらく頑張れば道は開ける。今から貯金をして2~3か月は生活できるようにしておこう、そして4月からは本格的な試験勉強だ――。
 
 かくて学校は4月当初のフルタイム講師を失う。
「今年度3学期いっぱいは講師を続けながら勉強し、4月から5月11日までは休んで試験勉強に専念し、採用試験合格を目指します」
 そう言われたら校長としては応援せざるを得ないだろう。その上でどこかから別の講師を見つけてくるとしたら、とりあえずは正規を目指さないことが確実な定年退職の元教員たちに頼むしかない。しかし確実に学校同士の奪い合いになるから、果たして思惑通りいくかどうか。
 先の講師と密約を結び、試験が終わったらすぐに戻ってくることにしても、4月~5月の超繁忙期だけを、引き受けてくれる講師などいるものだろうか。
 私はごめんだ。

【場当たりな政策! 余りも場当たり的な!】

 かつて教員免許更新制が始まった時、
「こんなことをしていたら、『講師』になってくれるかもしれない退職者やペーパー・ティーチャーが、みんな免許失効になってしまうじゃないか」
と現場は危惧し、まったくその通りになってしまった。いままた4月当初の講師のいなくなるような制度改変を行って、ほんとうに大丈夫なのだろうか?
 文科省の役人がバカだからそうなっているとは思わない。百も承知で、しかし場当たりな政策を打つしかない状況がきっとそこにはあるのだろう。