キース・アウト

マスメディアはこう語った

なぜ授業時数が伸してしまうのか、調べもしないで文科省は時数の拡大分を強制的にそぎ落とそうとする。そうなるともう入学式も卒業式も学年行事にせざるを得ないのかもしれない。遠足は目の前の児童公園、修学旅行も日帰りにすべきだろう。クラスで問題が起きても、話し合う時間はもう残っていない。

(写真:フォトAC)

記事

 

授業時間「標準超え」一斉点検 教員の働き方改革で 文科省
(2023.07.29 時事通信

www.jiji.com


 文部科学省は、年内に全ての公立小中学校の授業時間総数を一斉点検する方針だ。

 学習指導要領に基づき国が定めている標準の時間数より大幅に超過している学校には2024年度からの見直しを求める。教員の業務負担を軽減し、長時間労働を解消していく狙いがある。
(中略)
 一斉点検の実施は緊急提言に盛り込まれる見通しで、見直しを求める対象は、児童生徒1人当たりの年間標準時間数が1015単位時間(1単位時間は小学校45分、中学校50分)なのに対し、1086単位時間以上となっている学校。洗い出しが終わり次第自治体向けの通知を速やかに発出し、各学校が24年度の課程編成を行うタイミングに間に合わせる。
(以下略)

 負担軽減といったら、仕事を減らすか、担当者を増やすか、あるいはたっぷり時間を与えるしかないと思うが、文科省はどうやら本気で、仕事も減らさず人員も増やさず、授業時間だけを削減しようとするらしい。負担軽減になるのか?
 昨日記事にしたばかりの同じ内容だが、恐ろしい話なので、慌てて付け加えておく。

 

 まず、年間標準時間数1015単位時間の内訳表など、見たことのない人が普通だろうから学習指導要領から引用しておく(小学校のみ)。

【標準授業時数1015時間の内訳】


 見てのとおり1015時間は4年生以上で(中学生も)、3年生はそれより35時間少なく、2年生は105時間、1年生は高学年に比べて165時間も少なくなっている。低学年の子どもが高学年に比べて早く下校して来ることの法的根拠がこれである。
 
 もう少し細かく見てみよう。
 学校は年間に35週間の授業を行うという建前があるので、各教科の数字を35で割った数が週当たりの授業時数になる。だから6年生の国語と算数の年間175時間は週5時間、社会と理科の105時間は週3時間で計画される。
 音楽や図工は年間50時間なので35で割り切れないが、これは総合的な学習の時間だの外国語だのを無理やり突っ込んだ結果70時間を20時間も減らさざるをえなかったためで、年度の途中でやり繰りするしかなくなっている。
 昔はすべての教科が35の倍数だったので分かりやすかったが、今はそういうわけにはいかない。

【授業時数が1015時間を越える理由=「特別活動」】

 こんなふうにきちんと決まっている1015時間が、なぜ1086時間以上にもなってしまうのか、余計な71時間(およそ2・45週間分)は何に使われているのか、想像がつくだろうか? 
 子どもたちは体育や図工が好きだからこの部分を増やしているのではないか、先生たちが自分の指導に自信がないため国語や算数により多くの時間を割いているのではないか――と、いろいろな考え方ができる。まさか「特別の教科である道徳」ばかりをやっていると考える人もないと思うが――。
 
 答えは「特別活動」である。この部分がとんでもなく肥大しているのだ。
 ただし「特別活動」と言われても《そんな教科は受けたことがない》という人が大部分だろうが、「国語・算数・総合的な学習の時間といった名前を覚えている教科・授業以外のすべての時間にやっていたこと」と言えばだいたい正しい。清掃も給食も朝夕の学級会も全部その枠に入る。

 細かな内容は指導要領本編に正確に記されているが、簡単にまとめると以下のようになる。

 

「特別活動の内容」
〔学級活動〕
・ 学級目標を考えたり学級のあり方を考えたり、あるいは当番や係を決めて学級が円滑に働く準備をし、しばしば点検して反省や改善を図る。
・ 食事や健康について学び、正しい食習慣や健康を守るための方法について考え、食事を通して人間関係をよくする学びを行う。
・ キャリア形成と自己実現について話し合い、より良い社会参画意識を持つようにする。
・ 主体的な学習態度を形成し、学校図書館の利用についても学ぶ。
・ 学級内の問題、例えばいじめなどについて話し合ったり学んだりするのもこの時間である。
性教育平和教育、人権教育、薬物乱用防止教育、コンピュータ・リテラシーなど、いわゆる「追加教育」の学習の場はほぼすべてがここ。

〔児童会活動〕
・ 児童会の組織づくりと計画運営
・ 日常の委員会活動、学校行事への協力

 

〔クラブ活動〕
・ クラブの組織づくりと活動の計画運営
・ クラブ活動
・ 発表会

 

〔学校行事〕
(1) 儀式的行事
   ・入学式および卒業式 始業・終業式  創立記念日
(2) 文化的行事
    ・演劇鑑賞 ・音楽鑑賞 ・学習発表会 ・音楽会 
    ・節分、七夕、クリスマスなどの行事

(3) 健康安全・体育的行事
    ・健康診断・測定  ・交通安全教室  ・体力測定  ・避難訓練 ・運動会
(4) 遠足・集団宿泊的行事
    ・遠足  ・臨海・林間学校  ・登山  ・修学旅行
(5) 勤労生産・奉仕活動
   ・地域清掃  ・高齢者との交流  ・異年齢交流  農業体験等々

 

 驚くべきは、これら全部を行う時間が、年間で35時間しか用意されていない点である。
 逆に言えば、最初から守り切れないと分かっていた時数なので、みな平気で無視し続けた活動なのである。

【指導要領最大の矛盾を文科省が一刀両断にする(らしい)】

 避難訓練(火災・震災・津波・不審者対応)だけでも年3回以上あり、始業終業式が6回6時間、入学式・卒業式が合わせて3時間、修学旅行だけで2日12時間分が吹っ飛んでしまうというのにどうやれば35時間に収まるのか――。
 運動会の6時間は我慢するにしても、練習は体育の授業でカウントする。修学旅行の事前学習は社会科や国語あるいは総合的な学習の時間に潜り込ませてカウントする。食育を行っている給食時間の大部分は、幸いなことに教員の労働者として休息時間だから、指導時間としてカウントしなくて済む、よかった(?)。内科検診や歯科検診・・・やめるわけにはいかないヨナ?
 それが現場の悩みだった。しかし今回、文科省は一刀両断で問題を解決するらしい。
学習指導要領に基づき国が定めている標準の時間数より大幅に超過している学校には2024年度からの見直しを求める。教員の業務負担を軽減し、長時間労働を解消していく狙いがある。

 増やしに増やし続けてきた指導内容をいっさい減らすことなく、教員に要求し続けてきた教育サービスの質を下げることもなく、さらには教員の数も増やすこともしないまま、ただ強制的に労働時間を押さえ指導時間を減らす。
 具の溢れた鍋の蓋を無理やり押さえて、針金で縛ってから火をつけるようなものだ。
 さて学校と教師は、これにどう対応していくのか――。

【特別活動は崩壊する。子どもたちから日本人らしさが失われる】

 既定の35時間の三倍以上にあたる106時間も使ってきた特別活動の時間の、三分の二以上71時間もぶった切るわけだから、もう自分たちの問題を学級で話し合う時間は取れなくなるだろう。入学式は1年生だけ、卒業式は6年生だけの式にすれば他学年は時数を3時間以上(練習を含む)も節約できる。
 遠足は行き先を近所の児童公園にして2時間程度で戻る。修学旅行も日帰りにすべきだろう。節分だの七夕だのといった日本の風物詩に関する学習は教科書を使って3分で終わらせる。家でやっている子だって少なくないので家庭に任せよう。やらない家庭の子は諦める。
 異年齢交流だの地域交流だのは願うべくもない。街に出てのゴミ拾いなどもってのほかだ。自分たちの教室の掃除さえ週に2日、できるかどうかだというのに・・・。
 性教育や人権教育も保護者に任せていくしかないのだろうか?
 
 学校から楽しい行事が次々となくなると勉強の苦手な子は苦しなる。しかし大丈夫。テレビに出てくるような一流の専門家はたぶんこんなふう言うだろう。
「学校とは、本来、(教科の)授業が楽しくなくてはならない場なのです。先生たちの努力と工夫に期待しましょう」
 いままでもこんなふうだったからね。