キース・アウト

マスメディアはこう語った

「私が学校をよくした」と言えば政治家は票に結びつく。しかし現場を知らない人間の安易な発想は学校の首を絞める。さまざまな政治家が制度を入れ替える朝三暮四。しかしそのたびに学校は苦しくなるのだ。35人学級の軛(くびき)。

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(写真:フォトAC)

 

記事

35人以下学級 現場に悲鳴も 「きめ細かい指導」 喜ばしいが… 増えぬ教員、多忙に拍車
(2021.10.24 西日本新聞

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「福岡市の35人以下学級」

 「学校現場が大変なことになっています」。そんな声が福岡市立小の教員から、あなたの特命取材班に届いた。教員の長時間労働の深刻さはここ数年、全国各地で問題になっている。今回のケースは市が独自に導入した「35人以下学級」が関係しているという。現状を取材した。

 

 「クラスが増えても教員の増員はなし。そのしわ寄せは教職員に行っているんです」。意見を寄せてくれたリカさん(50代)は語気を強めた。

 市は昨年度まで、小学1~4年は一律、中学1年は学校側の選択で35人学級を実施。本年度は小中の全学年に拡大した。市教育委員会によると、コロナ対策を念頭に「密」の回避が目的だったという。

 クラスが増えれば、その分だけ学級担任が必要になる。市は追加採用はせずに特定の教科だけを担当したり、少人数指導をしたりする担任外教員を充てて対応することにした。

 

 担任をしない教員が減ることで何が起きるのか。リカさんの勤務校では1人の学級担任が病休に入ったことから問題が表面化した。

 昨年度はフルタイムで働く担任外教員が3人いたが、うち2人は本年度は担任になった。病休した人の代わりを任せようにも、残る1人も急な担当換えは難しい。結局、教科の年間計画作りを担う教務主任が学級担任になった。「35人学級の導入は喜ばしいが、クラスが増えた分の教員は配置してもらわないと困る。産休や育休も含めて担任が休みに入るとき、学校外からなり手を探してもすぐには見つからない」

 

 市教委によると、35人学級の拡大と児童生徒数の増加に伴い、今春に小学校は計136学級、中学校は計177学級増えた。担任外教員は小学校で137人減の計264人、中学校は36人減の計81人となった。

 2学期が始まった8月27日現在、小学校は計4人、中学校は計7人の教員の欠員が生じた。市教委教職員第1課は「教員が見つかり次第、速やかに配置したい」としている。

 

 小学校教員の男性(40代)の学校では昨年度まで重要単元は教員2人で授業をすることがあった。今春から担任外教員が減り、1人で授業をする。「きめ細やかな指導が難しくなった」

 ある小学校長は「本人の体調や家族の介護で外した方がいい人がいても、担任にせざるを得なかった。負担が大きいとつぶれてしまう懸念がある」と話す。

 

 教科担任制を採用する中学校の現状はどうなっているのだろうか。

 チエさん(40代)が担当する学年はクラスが一つ増え、週に受け持つ授業が3~4時間増加した。授業の準備やテストの採点に充てていた空き時間がなくなり、1日6時間が全て授業になった教員もいる。

 病休に入る教員もいたが、カバーできる同僚はゼロ。生徒はしばらく自習を続けた。それも限界となり、教頭が授業をしていた時期もあったという。

 「目の前のことでアップアップ。十分指導ができず、満足に話を聞けない状況になっている」。毎日声を掛けていた生徒と話をする余裕がなくなり、その生徒は一時教室に顔を出さなくなった。「本当に申し訳なかった」と自らを責める。

 

 ただ、取材班が聞いたような声は市教委に届いていないようだ。教職員第1課は「学校現場から聞こえてくるのは、35人学級を継続してほしいという声」と説明する。例えば、1学年に児童生徒が80人いるケース。40人学級では2クラスだったのが、35人学級では26~27人の3クラスになる。「担任の負担は減り、きめ細かな指導につながっている」と話す。
(以下、略)

 

 

 

【負担軽減という意味での35人学級は不合理だ】

 35人学級(1学級の児童生徒数を35人までと定めて教員配置をする制度)は教員の負担を軽減し、その分、児童生徒にきめ細かな指導のできる画期的な方法として長く期待されてきたものだ。しかしこれだけ教員が多忙になる中で、果たしてどこまで有効なのか、私は疑問に思っている。

 

 確かに、
 40人学級では2クラスだったのが、35人学級では26~27人の3クラスになる。
と聞けばすばらしい制度という気がしないわけではない。同じ計算で1学年1学級36人といった学校では、ふたつに割って18人の2クラスということになる。少なすぎて心配になるほどだ。

 

 しかし記事のモデルケースは36人~40人という過大学級を担任するごく少数の教員が、翌年も同じ学年を持った場合に生じるたった一度の奇跡である。ほかの学年、または学校に移ったら、そこには1学級35人もいたということになると、すばらしいはずの制度変更が、実は児童・生徒が4~5人減っただけ、ということになりかねない。そしてその方が可能性としては高いのだ。
 騙されてはいけない。教員全体としてみれば、「35に以下学級」は数字上も実際も、40人以下が35人以下になったというそれだけのことである。

 

 もちろん、たった4~5人でも軽減には違いないという考え方もある。通知票も指導要録も4~5枚少なくなり、学級だよりの印刷や配布も4~5人分減らすことができるからだ。
 しかし通知票や指導要録は年に数回書けばいいだけのものであり、学年だよりの大変さは印刷や配布ではなく原稿を作成することだ。
 負担軽減が目的なら、担任を二人にして、1・3学期の通知票は担任A、2学期の通知票と指導要録は担任B、学級だよりは交互に2週間おき、とする方がいい。これだったら仕事は二分の一になり、50人学級でもやっていける。

 

 

【人を増やさず35人学級を始めると負担は増す】

 35人以下学級というのはその程度の効果しかないのに、福岡市は教員を増やすことなくこれを果たすという暴挙に出た。「どんだけ現場を知らないのだ?」と驚くばかりである。
 おそらく決めた人は「少人数指導をしたりする担任外教員」が何であるかですら理解していないだろう。

 これは「(いわゆる)定数法」の枠内にない教員で、国が毎年政策的に配置する場合もあれば、都道府県あるいは市町村が独自の予算で配置する場合もある。もともと学校の負担を軽減するために配置したもので、それを35人学級のために使うというのは「あちらの軽減策をやめて、こちらの軽減策に代える」、いわば朝三暮四のような変更である。

 

 もちろんそれでより良い指導ができるようになるのならいいが、教師の負担増になるようでは本末転倒だ。記事にある、
 小学校教員の男性(40代)の学校では昨年度まで重要単元は教員2人で授業をすることがあった。今春から担任外教員が減り、1人で授業をする。「きめ細やかな指導が難しくなった」
 チエさん(40代)が担当する学年はクラスが一つ増え、週に受け持つ授業が3~4時間増加した。授業の準備やテストの採点に充てていた空き時間がなくなり、1日6時間が全て授業になった教員もいる。
などはその典型である。

 こうした事態が偶発的なものであればいいが、どう考えても必然的結果である。
ひとを増やさない「35人学級」は、きめの細かな指導をできなくする。

 

【政治家や行政はまったくわかっていない】

 それにしても、
ただ、取材班が聞いたような声は市教委に届いていないようだ。教職員第1課は「学校現場から聞こえてくるのは、35人学級を継続してほしいという声」と説明する。
とはどういうことだろう。

 

 おそらく、いったん始めたことは容易に戻せないのだ。言い始めた人のメンツにも業績にも関わるからである。それは誰か――。
 もちろん日常的に忙しい市教委職員ではない。役人は新しい仕事なんて好きではないし、お役所は動きの鈍いところだと昔から相場が決まっている。誰か学校のことをまったくわかっていない者が、人気取りのために発案して指示したものである。

 

 いずれにしろ、
コロナ対策を念頭に「密」の回避が目的
が本当なら、早晩、撤回されるから、それまでの我慢という話だろう――とは、実は思っていない。