キース・アウト

マスメディアはこう語った

中学校技術科の教員を、2028年度までに全員、正規免許所有者にするという。コンピュータプログラミングが最優先らしい。しかしそもそも10教科(技術科と家庭科を分けて考える)に配当される教員が9人以下の学校が、全国に4分の1近くもあるのだ。技術科を正規で押さえると、美術・音楽が非正規になるが・・・兼務で教えられるのか?

(写真:フォトAC)

記事

 

「技術」の中学校教員、23%に正規免許なし…2028年度までの解消目指す
(2024/02/13  読売新聞オンライン)

www.yomiuri.co.jp


 全国の公立中学校で、2022年度に技術・家庭科の技術分野を教えた教員の23%にあたる2245人が技術の正規免許を持っていなかったことが13日、文部科学省の調査でわかった。文科省都道府県教育委員会などに対し、正規免許を持つ教員の計画的な採用や技術教員による複数校指導の拡大などを求め、28年度までの解消をめざす。

 調査は22年5月1日現在で、中学の技術でプログラミングなどのデジタル教育が拡充されたことから実施された。
 その結果、全国で技術を担当する公立中教員9719人のうち、1709人は技術の免許なしでも指導できる特例「免許外教科担任」、536人は期間限定の「臨時免許」で教えていた。

 文科省都道府県、政令市ごとの免許状所有状況も公表した。東京都や茨城県など6自治体は担当教員の全員が技術の免許を持っていたが、和歌山県や北海道など7自治体では担当教員の半数以上が持っていなかった。
 小規模校の場合、配置できる教員数が限られ、主要教科の教員採用を優先せざるを得ないという。文科省の担当者は「技術は専門性が高いため、地元の大学と協力して教員養成にも積極的に取り組んでもらいたい」としている。

 この記事を、世間の人々はどう読んだのだろう。
 うちの子も、あるいは自分自身も、免許のない教師に教えてもらっていたのかもしれないと思って恐怖したのだろうか。あるいは中学校の技術科くらい、と笑い飛ばしただろうか。
 いやそもそも読売新聞の担当記者は、文科省の発表をどう聞いたのか。記者がさりげなく書いた、
小規模校の場合、配置できる教員数が限られ、主要教科の教員採用を優先せざるを得ないという。
の重さは分かっているのだろうか?

【定数法のことは頭にあったか?】

 学校それぞれの教員の数はいわゆる定数法(「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」)によって決められている。細かな計算が山ほどあるが、文科省のサイトに簡単な例が示されているのでそれを引用しておく。

 ところで中学校の場合、教科担任は何人必要なのか、すぐに答えられる人は案外少ない。9教科だから9人と答えたくなるところだが違う。普通、技術家庭科は技術科と家庭科の2人の担任に任されることが多いので、答えは10人だ。
 技術家庭科という免許があればひとりに任せられるが、大学の工学部で免許を取った教員は家庭科の履修の機会がなく、同じく家政学科を卒業した教員には技術科に関わる科目の履修の機会がない。したがって別免許となるのである。

 さてそこで上の表だ。
 目の智い人ならすぐに気がつくと思うが、6学級の中学校(各学年2クラス)の場合、配置される「教科担任」は9.5人しかいない、つまり全10教科を別々の教科担任で賄うことができないのだ。
 ここに「正規免許なし」の問題が生れる。

【教科担任は教科の数だけ来ない場合がある】

 では10人必要なところに9.5人しか来ないとしたら、学校はどうするのか――そもそも0.5人って何だ? 

 まず考えられるのは0.5だから2校にひとり配置すればいいという考え方である。 授業のある日だけA校・B校、ふたつの学校を交互に訪う、そういった教員を見つけるのが一案。
 もうひとつは、自治体(市町村立中学校なら市町村、都道府県立なら都道府県)が0.5人分の賃金を全額払う方法だ。
 というのは、定数法は教職員数の上限を定めたものではなく、《この人数までは国が賃金の三分一を背負いましょう》という数なのである。したがって予算潤沢な自治体は、金さえ出せばいくらでも教員を増やすことができるのだ。記事の中で、
東京都や茨城県など6自治体は担当教員の全員が技術の免許を持っていた
とあるのはそのためで、特に東京都は23区内の一部で給食費も無償にしようという計画が持ち上がるほど、教育予算はたっぷりある。だから東京を基本に考えると、全国の自治体は首が締まってしまうのだ。
 ところでいったい、6学級以下の中学校は全国にどれくらいあるのだろう?

【6学級以下の中学校は全国にこれだけある】

 下は令和5年度「学校基本調査」から私がつくったグラフである。

 見ると分かるとおり全国の24.3%の中学校が6学級以下、つまり自治体に潤沢な予算のない限り、少なくとも教科担任一人を諦めなければならない学校なのだ。これは記事の、
 2022年度に技術・家庭科の技術分野を教えた教員の23%にあたる2245人が技術の正規免許を持っていなかった
にほぼ対応する。その差の1.3%は自治体が独自の予算を使ったか、別の教科で担任を諦めたかであろう

【技術家庭科が狙われるわけ】

 もちろん教科担任を諦める1教科が数学でもあっても国語であってもかまわない。教科の価値は平等なはずだ。
 しかし価値は平等でも時数は平等ではない。国語や数学は週に3~4時間もあるのに対して、技術家庭科は両方で2時間、中3に至っては1時間しかない。国語科や数学科に比べて、技術家庭科などの教科担任はどうしても週の実働数が少なくなってしまう。

 そこで担当時数の少ない技術科・家庭科(以上週0.5~1時間)・音楽・美術(以上週1~1.29時間)の中で兼務してもらうのがもっとも平等なやり方だと考えるようになる。もっとも音楽や美術は高い専門性を要求されるからどうしてもそちらを優先し、音楽や美術の免許所有者に、技術科や家庭科をみてもらうというのが”普通”になる。それが実態である。(*1
 
 では文科省の指示に従って、
文科省都道府県教育委員会などに対し、正規免許を持つ教員の計画的な採用や技術教員による複数校指導の拡大などを求め、28年度までの解消をめざす。
となると、自治体にはどんな対応のしかたがあるのか。

自治体はどうするか】

 ひとつは、技術科の免許を持った先生にかけ持ちをしてもらう方法である。週2時間×6学級。2校だけではもったいない場合は3校~4校、掛け持ちで走り回ってもらうとさらにいい。しかし膨大な備品管理ができるかどうかは心配。生徒の事故は高くつく。
 二つ目はたいへんな負担を覚悟で、東京都などのやり方を真似する方法である。他の予算を削って、教員を一人雇う。年間に数百万円もかかる人間を、相当な数(学校数)雇い入れるやり方である。しかし多くの自治体ではこれはできまい。
 三つ目は、工業大学や家政大学の卒業生を優先的に採用して、この人たちに技術家庭科の傍ら音楽や美術も教えてもらうことである。できるか?
 四つ目は6学級以下の学校を片っぱし潰してしまうことである。統廃合によって地域の一体性は薄くなり、地元へ戻る若者はさらに減るかもしれないが、他の教科の教員も一気に減らせる方法なので予算的には魅力がある。あとは反統廃合で当選してくる議員がいないことを祈るばかりだ。
 さてどうなるか--。

 ちなみに記事の中にあった、非免許ワーストの和歌山県の規模別学校数は次のようになる。


 和歌山県はどれだけ学校を潰さなくてはならないのか・・・。

*1:ところで、タイトルは「技術」の中学校教員、23%に正規免許なし』なのに記事では、「技術・家庭科の技術分野を教えた教員の23%にあたる2245人が技術の正規免許を持っていなかった」となっている。経験では音楽の女性教諭が家庭科も兼務している例がかなりあって、コンピュータ重視なら少し方向が違うとも思うがどうだろうか?