キース・アウト

マスメディアはこう語った

数学と理科の国際学力調査TIMSS2023が発表されて相変わらずのトップクラスが確認されたが、マスコミは誰も誉めたりしない。代わりに小学校4年生の理科が6位まで落ちてしまったことや、男女に差のあることや、自信を持っている子の少なさを指摘する。その上で全科目1位のシンガポールを羨むが、彼らは何ひとつ理解していないのだ。

(写真:フォトAC)

記事

 

国際学力調査、日本 “高水準”維持も…算数・数学「得意」が減少 1位独占・シンガポールとの教育の違いとは?【news23
(2024.12.05 TBS NEWS DIG)

newsdig.tbs.co.jp


4年に1度行われる国際学力調査の結果が公表されました。日本の子どもたちの学力は、世界と比べてどうだったのでしょうか。

(中略)
4年に1度行われる理数科目の国際学力調査「TIMSS」。
58か国・地域の小学4年生、44か国・地域の中学2年生が参加して、2023年に実施された最新の調査結果が公表されました。
平均点で見ると、日本は小学4年は算数が5位で理科は6位、中学2年は数学が4位で理科は3位でした。
小学4年の理科が前回の4位から6位に下がりましたが、他の順位は変わらず、文科省は「高い水準を維持した」としています。
一方、今回の調査で算数・数学が「得意だ」と答えた割合が、小学4年は前回より9ポイント、中学2年は1ポイント下がり、いずれも国際平均を下回る結果となりました。
(中略)

■「理由と理屈をちゃんと教える」 全教科・学年1位はシンガポール
今回の調査で、シンガポールは、すべての教科・学年で1位でした。その理由について専門家は、「理屈を教える教育」の影響を指摘します。

(以下、略)

 20世紀末にTIMSS1999が発表されると日本の政界・財界・マスコミは騒然となった。それまで世界1位が当たり前だった日本の子どもたちの学力が急落したからだ。その日のある新聞の見出しを、私は未だに忘れていない。
「日本、アジアで第4位」
 もちろん嘘ではない。しかしこの時にアジアで4位だった日本は、世界でも4位だったのである。世界第1位がシンガポール、第2位が韓国、第3位が台湾で4位が日本となっていたのだ。だから最初から「世界第4位」と書いてもよかったのに、ことさら「アジアで第4位」と書いたのは、日本を低く見せたいという「自虐史観」に侵されていたのか、根深いアジア蔑視があったからに違いない。

【冤罪:ゆとり教育が日本の子どもの学力を滅ぼした】

 TIMSS1999が特に注目されたのは、前の年に発表された学習指導要領に示された「ゆとり教育」に対する政財界・マスコミの拒否感が異常に強く、TIMSSにおける地位低下も「ゆとり教育」のせいだと考えられたからである。そこから「反ゆとり」の大キャンペーンが始まり、2008年に告示された学習指導要領案(2010年実施)では、早くも大幅に見直されることになったのだ。
 完全学校五日制を見越して総時数を減らし、そこに「総合的な学習の時間」を詰め込んでギュウギュウになったゆとり教育の枠組みはそのままに、学習内容を元に戻したために現場はたいへんな混乱をきたした。言ってみれば鍋料理が多すぎて食べきれないというので、材料も減らし鍋も小さくしたのに、現場を見たこともない人たちが「これでは栄養が足らんだろう」と、小さくなった鍋はそのままに材料だけを元に戻したので、息ができなくなったというわけだ。
 ただしゆとり教育を指示した学習指導要領が発表されたのが1998年、学力低下を示したTIMSS1999がもちろん1999年、ゆとり教育の指導要領の完全実施が2002年だから、ゆとり教育」は完全に行われる前に、学力低下の汚名を着せられて滅びたようなものなのだ。
 
 ゆとり世代と呼ばれる人々、スケートでは羽生結弦高木美帆、野球の大谷翔平鈴木誠也、藤波晋太郎、サッカーでは中島翔哉南野拓実、競泳の萩野公介瀬戸大也、バドミントンの桃田賢斗奥原希望、柔道のベイカー茉秋プロバスケットボールの渡辺雄太、八村塁、パラリピアンではテニスの上地結衣、芸能人では伊藤沙莉福田麻由子山崎賢人二階堂ふみ清野菜名広瀬アリス栗原類など――これでゆとり教育がダメだとしたら、何をやれば立派な日本人が育つというのだ。

【メディアはTIMSS2023をどう捉えたか】

 さて今回のTIMSS2023をメディアはどう受け止めたのか、主だった記事の見出しを並べると――、

  • 理数の国際学力調査 日本の小中学生 国際平均上回り高水準を維持(2024.12.04  NEWS23
  • 日本の小4・中2の理数学力 世界トップ級維持も理科は得点低下、小4は6位に 国際調査(2024.12.04 NEWS23
  •  日本の小中学生の理科成績低下…理数の国際教育動向調査TIMSS2023結果(2024.12.04 リセマム)
  •  世界の小中学生の理数学力調査、日本は算数・数学で5位以内も小学理科は6位にダウン(2024.12.04 読売新聞)
  •  小中の数学・理科国際調査、男子平均点が全教科で女子を上回る 「苦手意識」原因か(2024.12.04 産経新聞
  •  理数系の学力調査、日本は上位維持 男女差拡大、「無意識の偏見」か(2024.12.04 毎日新聞
  •  日本の小・中学生 数学・理科の国際的学力調査で「高い水準維持」 一方「得意だ」と思う児童生徒は減少(2024.12.04 日テレNEWS)
  •  理数系、世界トップ水準を維持 国際学力調査で日本、でも「得意」は(2024/12/04朝日新聞)
  • 国際学力調査で日本の小4は算数5位で理科6位・中2は数学4位で理科3位と高いレベル維持 シンガポールは4部門すべて1位(2024.12.04 FNNプライムオンライン) 

 どのメディアも日本の子どもの学力は世界でトップクラスだったことに一定の評価を与えながらも、問題点を指摘することも忘れない。

【日本の常識:58カ国中6位という凋落】

 NEWS23やリセマム、そして読売新聞などは小学校4年生の理科が6位まで落ちたことを重要視する。58カ国も参加した調査の第6位がそこまで問題とされるなら、学校教師などやっていられない。日本の先生たちは読み・書き・そろばんだけでなく、歌の楽しみ方や絵の描き方、炊事洗濯まで教えてさらに道徳教育までしている。その上での6位。しかしそれでは足りないらしい。メディアも本気でそう思うなら、
「学校教師はもっと一生懸命働いてほしい」
と、声に出して言えばいいのだ。

【マスコミは資料の解釈ができない】

 産経新聞毎日新聞は男女差を問題とする。しかしこれはそもそもTIMSS2023を考察してまとめた国立教育政策研究所の報告書にあるから各紙も書いたので、どこまで本気で考えているかは分からない。さらに報告書をよく見ると、女子よりも男子の方が成績が良いことが問題なのではなく、(もうひとつの有名な学力の国際比較)PISA2018では男女差は少なく、ここ数年の「全国学力学習状況調査」では算数・数学・理科のすべてで女子の正答率が男子を上回っているの、それなのにTIMSSは男子が優位(だからTIMSSは特殊だ)という書き方になっているのだ。
 産経や毎日は何を見ているのか。

【“アジアに学べ”と言わないのはアジア蔑視からなのか】

 今回とりあげたNEWS23の記事では「シンガポールが4部門すべてで1位だ」と言われて日本在住のシンガポール人、しかも比較教育学が専門だという教授のところに聞きに行くが、だれも日本国内にシンガポールの学校教育に詳しい人物がいないことを不思議に思わない、そのことが不思議だ。
 何故ならシンガポールはもう20年以上もTIMSSでベスト4に入り続けている、いわゆる”学力先進国”なのだ。PISA2000でたった1回だけ世界一になったフィンランドには政界・財界・教育界・マスコミがこぞって出かけ、世界一の秘訣を学ぼうとしてたくさんの著書も発表されたのに、常連のシンガポール・韓国・台湾に学ぼうという話はまるで出てこないPISAでは上海が都市として単独参加したが、常識はずれの高得点をたたき出している、それなのにだれも上海へ教育を学びに行かない。
 どうしてだ?
 1960年~70年代、受験地獄と言われたあの時期に、日本の子どもたちの学力が世界一を保ち続けたという記憶がなくならないからか? 日本をあの時代に戻すくらいなら学力は世界一でなくてもいいと、本気で思っているからなのだろうか?

【それとは別にシンガポールは怪しい】

 ここのところ国立政策研究所の報告は昔よりずっと簡便になっていて、分かり易いと言えば分かり易いが、生の数字がほとんどないので私たち独自の分析というのができにくくなっている。
 しかし以前は違った。例えばTMSS2007で、私は中学校2年生数学の生のデータを並び替え、左に国別の成績を高い順に、右には「数学の勉強は楽しい」と答えた生徒の割合をやはり高い順に並べて、両者を線で結んでみたのだ。するとすばらしい相関が見えてくる。
 総じて数学で高得点をはじき出すような国・地域の生徒たちは、数学の勉強なんてちっとも楽しいと思っていないのだ。逆に数学が楽しくて仕方のない子たちの国は、平均点が低い。
 
 それはそうだろう。より高い点数を取ろうとしたら苦しい思いをしても勉強しなくてはならない。楽しんで成績があげられるような天才型の子は稀なのだ。だから平均点の高い国・地域の子どもたちはこぞって「数学の勉強は楽しい」とは思わない、シンガポールを除いては。
 

 同じ傾向はPISA2015の科学的リテラシーでも顕著に言える。成績の良い国の子たちはこぞって勉強なんか好きではない、自信もない、得意だとも思っていない、シンガポールとごく一部の国・地域を除いて。
 ざっと見て怪しいのはシンガポールベトナム、カナダ、中国(北京・上海・江蘇・広東)。

 中でもシンガポールは学力世界一でありながら科学が楽しいと考えている生徒の割合が第5位なのだ。
 私たちは感心するばかりだが、統計の専門家たちは違う見方をするだろう。
「全体の傾向から外れすぎているこれらのデータは怪しい」

 点数をごまかした、書き換えたとは思わない。「明るい北朝鮮」とあだ名され、子どもたちの将来は小学校4年生で分けられるというシンガポールは、もしかしたら特定の学校の生徒だけが受験しているのかもしれないのだ。
 それ以外は勉強などしてもしょうがない(と政府が考えている)子たちばかりだから、統計に上げる意味もないとされているのかもしれないのだ。

 いずれにしろ異常な数値だから、私たちは参考にしてもいけないし目指してもいけない。ましてやマスコミが先導して理想的な教育と祭り上げないようにしてほしいものだ。