キース・アウト

マスメディアはこう語った

欧米先進国で長期的な学力低下が続いている。金はあるのに使い方が悪いからだ。コロナ禍も関係ない。先進国はもっと教師に金を使い、優秀な人材を集めるべきだ――という単純な話をするために、とんでもなく回り道をすることがある。

(写真:フォトAC)

記事

コロナ禍の影響も大きく…
コロナ禍で子供の学力が「下がった国」と「上がった国」は何が違ったのか
(2024.01.21 ク-リエ・ジャポン)

courrier.jp

世界を襲った新型コロナウイルスパンデミックは、子供たちの教育に多大なダメージを与えた。だが、その影響の大きな国と小さな国が存在するのも事実だ。英経済紙の記者が、変化の大きい各国の教育事情をレポートする。

新型コロナのパンデミックに対応するために作られたかのような学校制度を持つ国があるとすれば、それはフィンランドだろう。同国にはパンデミック以前から高度にデジタル化された教育システムがあり、遠距離学習の提供は非常に容易だった。

とはいえ、実際のパンデミックの衝撃は凄まじかった。新型コロナの急速な拡大を受けてフィンランド政府が緊急事態を宣言した2020年3月から、クロサーリ総合学校が通常の授業形態を取り戻すまでには1年半もかかった。

ヘルシンキ郊外の小さな島に位置する同校の校舎が完全閉鎖されたのは、わずか数ヵ月のことである。だが地元の感染者数が急増したため、同校は2021年の暮れまでハイブリッド授業を継続した。生徒を複数のグループに分け、ソーシャルディスタンスを守った教室での対面授業と、オンラインのリモート授業をローテーションさせたのだ。

「コロナ期間が生徒たちにとって辛いものであったことは明らかですし、その悪影響はいまも続いていると思います」

そう語るのは、同校の数学・哲学教員であるエスコ・ハウルネンだ。

「生徒たちは知識を身につける以上に、どうやって勉強したらいいのか、グループでどのようにふるまえばいいのか、学校にきて何をすべきなのか、といったことを習得するのに苦労していました。それが学習にも徐々に影響していったのです」

学力低下はコロナ禍の影響だけではない?

パンデミックの悪影響を被ったのはハウルネンの生徒たちだけではない。OECDによる「生徒の学習到達度調査(PISA)」の新たなデータによれば、2018?22年には世界規模でいまだかつてないほどの学力低下が見られる。

結果は衝撃的なものだった。2018?22年のあいだで、ほとんどの国の教育機関において読解力・数学的リテラシーが低下しており、先進国ではとりわけ影響が顕著だった。

2022年におけるOECD加盟国内の15歳の生徒の平均的学習達成度は、2018年のそれと比べ、数学的リテラシーで9ヵ月、読解力で半年相当の遅れが見られた。またOECD非加盟の調査対象44ヵ国(ほとんどが発展途上国)では、この2科目における遅れは約4ヵ月相当だった。

(以下、略)

 大学生などの論文を読んでいると、一生懸命取材したのはいいけれどその段階で時間もエネルギーも尽きてしまい、材料を取捨選択する余裕もなくなってしかし捨てる勇気もなく、しかたないので情報をてんこ盛りしたまま強引に論理を繋げようとして結局ワケが分からない、そういう文章がある。
 この記事はまさにそういうもので、何を言っているのかよく分からないながら、拾ってきた情報には価値のあるものも少なくないので、しかたなく私も拾うことにした。

 かなり長文の記事で、内容が十分に整理されていないため読みにくい面もあるが、示唆に富んだ文言も多くがちりばめられているので、是非とも一読してもらいたいと思う。海外の教育事情について、多少なりとも比較文化論的に書かれている記事というのは、案外珍しいものなのである。

【先進国フィンランドが苦しい】

 記者がフィンランドの教育事情から語り始めたことには理由がある。
 何と言ってもかつての学力大国だし、20年ほど前には日本からも研究者が大挙して視察に出かけた国だからだ。しかも最近は凋落傾向が激しくその様子は今回の記事のうしろの方でも、残酷なほどの表現で記されている。
 生徒間の学力格差および総合的な成績の両方で、最も悪化したのがフィンランドだった。同国はかつて、ヨーロッパ内で最高の教育成果をあげた国のひとつとして知られていた。2018年以来の同国の学力低下は、OECD加盟国内の平均低下率と比較し、読解力で約3倍、科学的リテラシーで4倍である。
 (中略)
 「第一回目のPISAの結果が出たとき、フィンランドは成功のお手本のように見えました。しかしそれから20年を経て、フィンランドの教育への取り組みは問題の解決になっているのか、それとも問題そのものの一部なのか判断できなくなっています」
 
 そんな事情から、コロナ禍に絡めてフィンランドを考えると、なにか出てくるかもしれない、そんなふうに思ったのは無理ないことなのかもしれない。しかし記者自身が言っているように、同国の学力低下パンデミック以前よりすでに始まっていたと考える方が現実的なのである。

 国土は日本の9割程度、しかし人口は550万人と日本の4・6%ほどしかないフィンランド――森林が国土の7割前後という点では似ているが、日本はその大部分が山岳地帯で人が住むのが困難であるのに対して、フィンランドは平地林が広く、人家が点在している。ひとことで言えば、「小さな町がたくさんある」ということである。
 ひとつひとつの学校の規模は小さく、その小さな学校に校長・副校長はもちろん担任・副担任・カウンセラーなどの大人が大量に配属されている、それがフィンランドの学力の高さを保障する大きな要因だった。
 ところが第一回PISAテストで世界の頂点に立った時はすでに、費用のやたらかかるこのシステムは改革されようとしていたのだ――小規模校は統合され、学校の数が減らされることで通学しきれなくなる子どもたちのためにオンライン学習が充実される。
 
 記事によればパンデミックになっていち早くそのシステムが機能し始め、2年近く対面授業とリモート授業が併用で行われるようになった。しかしそのことで生まれた弊害も大きいと、そんな論理で話は進む。しかしそうした進め方はいかがなものだろうか。
「生徒たちは知識を身につける以上に、どうやって勉強したらいいのか、グループでどのようにふるまえばいいのか、学校にきて何をすべきなのか、といったことを習得するのに苦労していました。それが学習にも徐々に影響していったのです」 
 そこまで言ったら大げさだろう。

近年、フィンランドの教育システムには大きな変化が起きている。伝統的な教育科目が解体され、代わりに「現象ベース学習」と呼ばれる手法が取り入れられたのだ。これは生徒が複数の科目を総合的に学びながら問題解決を目指すというものである。高校卒業前におこなわれる大学入学共通試験を除けば、全国共通学力テストが一切存在しないというのも珍しい試みだ。
 「現象ベース学習」――日本で言えば総合的な学習の時間のようなものだろうか、学力が高いことをアテにして余計なものを積み重ねるからこうなる、全国共通学力テストもしないからこうなると言いたげな、悪意ある文である。
 フィンランドの教育事情をコロナに絡めて書けなかったことでの八つ当たりだろうか?

シンガポールは理想の国か】

 フィンランドがダメだからということで、同じくリモート学習が進みながら成績の下がらなかった国の代表としてシンガポールを選ぶのだが、この選択は最初から破綻する。PISAテストの成績が下がらなかったことの説明が、うまくできないのだ。

PISAの分析によれば、子供たちが自律的に学習する力を持ち、かつ教員からのサポートを強く感じられている場合ほど、教育システムの回復力は高まるのだ。
 そう書いて、いざシンガポールの教師たちがどういったサポートをしているのか、調べてみるが答えが出ない。
ほとんどの生徒にとっては、オンライン学習システムを使いこなすことよりも、自律的に学習することのほうが難しい。OECDの調査対象となった生徒のほぼ半数が、週1回のペースの自律学習でもモチベーションを保つことが難しいと答えている。
だとしたらシンガポールでは何か特別のことが行われているはずだ。そうでなければトップの成績を維持できるはずがない――。

 もしかしたら、
教育者の地位が高い国々は、PISAランキングで上位に上がりやすい傾向にある。
 そして
OECDによる国際的な教員調査によれば、シンガポールは教員が自身の社会的価値を最も実感しやすい国のひとつであり、
だから成績が良いのかもしれない――いや待てよ、それもピンとこないな。そうなるとあとはデータ自体が間違っている可能性しか残らないじゃないか――。
 
 その一方で、パンデミックは長らく存在したPISAのデータへの批判を強めることにもなった。これまでの調査でも、多くの先進各国がサンプリングの基準を守れていないのが常であり、これらの国々は自国の教育システム全体を代表するとは必ずしもいえない学校や生徒を調査対象とし、結果を水増ししている可能性があると批判されてきたのである。
 唐突に挿入されたこの文は、要するにシンガポールの順位が高いのはこの国がサンプリングの基準を守らなかったためで、シンガポールの教育システム全体を代表するとは必ずしもいえない学校や生徒を調査対象とし、結果を水増ししている可能性があることを示唆ししているのだ。

 実は私もそう思う。昔から怪しい国だ。
 PISAの結果を見ると、毎回シンガポールが孤高を誇っている優秀なデータがある。
 それはこの国が世界で唯一、成績がトップクラスで、しかも学習における有能感が高く、勉強を好む国なのである。シンガポール以外のすべて成績上位国の子どもは「その教科での有能感を持つことができず、楽しいとも思っていない」
 それはそうだろう。たいていの子たちは苦しみながら学力を上げてくる。楽しいなどと言っていられない。苦しいのはそれだけ才能がないからだが、そんな状況で有能感など持てるはずがない。
 勉強を楽しく感じてなおかつ有能感が持て、さらに十分な成績が取れるとしたら、それはエリートだけである。もしかしたらシンガポールはエリートだけがPISAテストを受けているのかもしれない。
 一部の人々から「明るい北朝鮮」と揶揄されるような国教育について、まともに語ることはできない。何と言っても小学校4年生で人生の行先の決まってしまう国なのだから。

【まとめ:金があればいいというものではない】

 フィンランドを取り上げてみてもダメ、シンガポールでも何も見つからない、そこでいよいよ記事は迷走する。
 最後は「教師を大事にしましょう」「給料を上げてやりましょう」となるこの記事、これ以上ついて行くことはできないので、重要な分だけを抜き出して羅列しよう。

  1. 金があれば、金を使えばいいというものではない。
     OECDは俗に「金持ちクラブ」と揶揄されるように経済的に豊かな国々が集まっている組織である。それなのに学力が伸び悩むのはなぜか――これについて記事は実に簡単な説明をしている。
    子供に対する教育投資の増大は一定のレベルを超えると成果に直結しなくなるというものがある。
    PISAのデータによると、6?15歳の生徒1人当たりに関し、教育投資と成果の相関関係があるのは、投資総額7万5000ドル(約1108万円)までである。
     それ以上の資金を使っても学力が伸びるわけではない、らしい(他の意味はあるのかもしれないが)。

  2. ヨーロッパの先進国とパンデミックの影響が少なかった国との違いとはなにか
    PISAの分析によれば、子供たちが自律的に学習する力を持ち、かつ教員からのサポートを強く感じられている場合ほど、教育システムの回復力は高まる。
    ・例えば、アジア諸国における教育の成功は、生徒の学力への期待の高さ、そして教員と生徒の社会的関係性の強さに起因する。
    ・例として、学校閉鎖にもかかわらず、日本と韓国は2018~22年にかけ、すべての科目で成績を向上あるいは維持しているが、これらの国では
    「教員は生徒と接することに多大な時間をかけ、部活の顧問も担当し、放課後には生徒たちと教室の掃除までします」

  3. 教員は世界中で不足している。
    先進国における深刻な長期的問題のひとつは、教員の不足だ。各学校の校長を対象とした調査によれば、2022年には教員不足がOECD加盟国内の生徒のほぼ半数に悪影響を与えており、これは2018年における調査結果の倍の数値である。この問題がとりわけ深刻なのは、教員不足の影響が全生徒の75%におよんでいるドイツや、影響を受けた生徒数が2018年の4倍となったフランスなどだ。
    教師不足が日本の問題だけではないというのは、新鮮な情報だ。

  4. 世界的に見て、賃金と地位の低さが教員不足の原因となっている
    「教員組合が構成員の幸福と専門性の向上に注力しつつ、他方で政府が総合的にバランスのとれた教員政策をもって教員組合と交渉をおこなっている国々は、教員の確保に成功しています」
     日本はその範疇に属さない。文科省日教組が交渉を行ってバランスの取れた教育政策をつくっていた時代は、とうに終わっている。

  5. 教育者の地位が高い国々は、PISAランキングで上位に上がりやすい傾向にある。
    しかし、富裕な国々では教育の商品化の傾向も見られます。生徒が消費者、教員がサービスの提供者になっているのです。

  6. エストニアはヨーロッパの国々の手本となれる数少ない国のひとつだ。
    同国の教育システムは地域コミュニティに基盤を置いている。結果、各学校には教育素材やカリキュラムの内容について大きな裁量が与えられているが、これはほかのヨーロッパ諸国では真似しにくいものだろう。
    ・国民の大多数は、全教員に大卒資格を義務付ける高水準の就学前教育システムの恩恵にあずかっている。(中略)エストニアでは約90%の子供たちが最低3年以上の就学前教育を受けているのだ。
    ・人口の変動により国中で労働力不足が発生しているなか、教育業界も大卒者に対しほかの職種に劣らない魅力的なキャリアパスを提示していく必要がある。(中略)エストニア政府は、2027年までに教員の給料を平均賃金の120%に上昇させることを約束している。

  7. 失敗したら取り返しがつかない
    真に有用なのは各システムがいかに機能しているかのデータであって、ランキングではない。(しかしただ)国が学校教育政策で失敗すると、それがもたらす経済上の悪影響をあとから克服するのは困難だ。
    ・「早い段階でそれなりの学業成績をあげていない生徒は、後の教育課程や職業訓練過程で成果をあげることが難しくなり、遅れを取り戻すのも困難です。成績の停滞・低下という点に関していえば、私はOECD非加盟国よりも加盟国のほうが心配です」

 色々細かな曲折はあったが、要するに金を使え、もっと優秀は教師を集めよという、きわめて当たり前の結論に、ようやくたどり着いたようだ。