キース・アウト

マスメディアはこう語った

世界大学ランキング、日本の順位が上がると大きなニュースにならないのはいつものことだが、そろそろ仕組みが分かってきて、面白味もなくなったのかもしれない。「国家の威信をかけて学力を上げ、美人コンテストに勝ち抜こう!」! などと言われてもねェ。

(画像:パブリックドメインQよりターナーケンブリッジ大学」)

記事

 

世界大学ランキング、東京大学29位に上昇 英機関調査
(2023.09.27 日本経済新聞

www.nikkei.com

【ロンドン=共同】英教育データ機関、タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)は27日、今年の世界大学ランキングを発表した。東京大が前年の39位を上回る29位となり、京都大も68位から55位に上昇。他の大学も順位を上げ、日本の躍進が目立った。新たに指標に加わった「特許への貢献度」で好評価を得たのが影響した。


東京大は2015年以降で、日本の大学の最高順位だった。

今年は108の国・地域の1904校について研究の質、国際性、産業界への貢献度など5つの分野を総合的に評価。英オックスフォード大が首位、米スタンフォード大が2位で、英米の大学が上位10校を占めた。中国の清華大が12位、北京大が14位となった。

新指標となった特許への貢献度では東京大、京都大、東北大、大阪大、東京工業大などがいずれも高く評価された。THEの担当者は「日本では大学と産業界のつながりが強く、大学の研究内容が生かされやすいのではないか」と分析した。

東北大が250位以内から130位、大阪大が300位以内から175位、東京工業大が350位以内から191位、名古屋大が350位以内から250位以内にランクアップした。

一方、国際性や研究成果全般に関する指標では評価が低い傾向にあり、THEは「日本の大学は依然として国際競争力における難題に直面している」と指摘した。

 かつて、THEの大学ランキングで日本の大学の順位が下がった、20位圏内から落ちた、30位圏内からも落ちそうだ、などと毎年マスコミが騒いでいた時代、私のサイトあるいはブログでこの話題をあつかうことは定番だった。主張したのは次のような内容だ。

【国家の威信をかけて学力を上げ、美人コンテストを勝ち抜こう!!】

 THEの大学ランキングは大学の魅力度ランキングであって難易度ランキングではない
 ところがマスコミはそれを国内の難易度ランキングの上に被せ、「日本の大学の学力が下がった」「世界から遅れる」と大騒ぎするのが常だった。実質的に「国家を挙げて勉強させ、学力を上げて美人コンテストを勝ち抜こう!!」みたいな訳のわからない話だが、マスコミは百も承知で人々を煽った。
 日本はダメだ、政府はダメだと言っていれば記事の売れる時代だった。

 しかしさすがに10年ほど前から、THE世界大学ランキングは次第に問題にならなくなっていった。どう見ても意味あるランキングに見えなかったからである。表だっては言わないが。どうやら目に見えない不思議な変数が、ランキングの背後で動いているかもしれないのだ。
 
 例えば東大が30位だった2012年版THE世界大学ランキングで、東大より上位に位置する大学はアメリカが21、イギリスが4、カナダが3、スイスが1、つまり英語圏の大学がほとんどだった。スイスの1はチューリッヒ工科大だが、ここは修士課程以上が英語で授業を行うため、欧米諸国から大勢の学生を集める学校である。英語以外の母国語で授業を行う大学、ソルボンヌ大学だのミュンヘン工科大学だのボローニャ大学だのは、どんなに有名でも優秀でも、ランキング上位に入って来ない。

 
 この傾向は今も同じで、2024年版の東大を含む30位以内で、英語圏にない大学は、チューリヒ工科大学(11位・スイス)、清華大学(12位・中国)、北京大学(14位・中国)、シンガポール国立大学(19位・シンガポール)、東京大学(29位・日本)、ミュンヘン工科大学(30位・ドイツ)の6大学のみ。そのうちシンガポール国立大学は英語で授業を行う学校、さらに修士以上を英語で行うチューリッヒ工科大学も外せば、母国語で授業を行う大学は中国の2大学と日本の1大学、そしてドイツの1大学、計4大学だけなのだ。

【マスメディアは、いちおう冷めた】

 そうした事情が誰の目にも明らかになると、マスコミはすっかり興味を失い、昨夜のNHKニュースでも順位を報告したあと簡単に、
タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」は、専門家の話を引用しながら、中国では政府が大学に惜しみない資金提供を行っていることなどにより、ランキングを上げていると分析しています。
と紹介しただけだった(2023.09.28NHK「世界の大学ランキング 東京大学29位 前年より順位上げる」)。
 しかしなぜ英語圏の大学が上位を独占し、しかも「政府が大学に惜しみない資金提供を行っている」と順位が上がるのか、それについて語る人は少ない。
 結局、東大・京大は何が足りなかったのだろう?

【東大・京大は何が劣ったのか】

 とりあえず日本と同じ非英語圏の国でありながら、大いに順位を上げて英語圏の大学を脅かした中国のトップ2(清華大学北京大学)と、なかなか上位に食い込めない日本のトップ2(東京大学京都大学)で、何が違ったのかを見てみよう。

 下はTHEのサイト「世界大学ランキング2024」から私が作成した評価基準の表である。見てすぐに分かるのは、中国に大きく水を空けられたのは「研究の質」という項目においてだったことである。

 北京大学は「国際的な展望」で他の3大学より一つ抜きんでているが、重みとして全体の7・5%しかない部分での得点なので無視できる。あとの項目はほぼ似たり寄ったりで、つまり評価において30%もの重みのある「研究の質」で、20点~30点以上もの差をつけられたことが、中国の後塵を拝することになった原因であるわけだ。
 
 では「研究の質」とは何なのか?
 THEの説明によると「研究の質」とは、論文の引用の影響(15%)、研究力( 5%)、研究の優秀性:(5%)、研究への影響力( 5%)ということで、簡単に言うと、その大学で発表された研究論文が価値あるものとしてどれくらい引用されたか、どれほど質の高い専門誌に掲載されたか、どの程度に重要なものとして引用されたか、といったことである。この部分で日本は弱く、他の国は強い――。
(*「教育の質」以外も含めた評価項目については欄外)

【拙速大事、論文は早く書ければいい(という側面もある)】

 研究の質で劣った理由のひとつは英語である。研究論文は英語で書かれなければならないからだ。もちろん日本語で書いても中国語で書いてもかまわないが、世界の研究者に見てもらい、検証され、追試され、問題があれば批判されてさらに価値あるものに高めようとするなら、論文は英語でなくてはならないのだ。母国語で書いても英語に変換されなければ、引用どころか読んでもらうことさえない。

 ここに英語圏の大学が、THEの世界ランキングで強い理由がある。
 英語圏の研究者は、日常的に英語で研究ノートを書き、データを管理し、討論を重ね、英語で研究論文を書く。そこまで一直線だ。ところが別の言語を母国語とする研究者は、成果を得たあとにもうひとつの大きな仕事が残っている。論文を英語に書き換え、最終的に英語としての妥当性も確認されなければならないのである。
 多くの人の手を借りなくてはできない仕事で、したがって論文はそう簡単に次々と発表するわけにはいかない。どうしても時間的に遅れ、数も減ってしまう。論文の数が少なければ、引用される回数も少なくなる――。

 一方、英語圏の学者たちはためらうことなく論文をどんどん発表できる。研究の場では多少難あるものでも、出せば早い者勝ちといったことも少なくない。不備は後から修正してもいいし、とにかく量が肝心だ――。その結果がランキングの上位独占なのである。
 しかし――、

【物量は現状変革の決め手】

 論文を英語に直さなくてはならない不利は中国も同じはずだ。清華大学北京大学はそれをどのようにして超えたのか――。
 答えのひとつがNHKの、
政府が大学に惜しみない資金提供を行っていることなどにより、ランキングを上げている
である。

 1万人の研究者に1兆円渡して研究させるよりも、10万人の研究者に10兆円渡す方が論文の本数は増える、それは当然だろう。しかし10万人の研究者に100兆円渡したら、諸外国では予算不足でとてもではないがやれない研究にも手が出せるようになる。すると当然、全体の論文数も増えていく。


 英語国にしろ予算大国にしろ、そんなふうにして大量に出てくる論文はどうせ玉石混合、ロクでもないものも多そうだが、量が多ければ玉も多くなる、引用される論文も増えるに違いない、それが英語国や中国のやり方だ。
 もちろん批判ではない、羨ましいだけだ。

【さて、日本の行く末は】

 英語か資金か――。
 すでに借金まみれの日本政府にこれ以上に金を出させるのは難しい。そこで考えられるのは“英語”――母国語並にとは言わないが、国民に準母国語並の英語力があればこの問題も突破できる、そうだ、小学生の内から英語を学ばせよう! 
――こうして小学校英語は必修になった、かどうかは知らないが、金のない分を大和魂で乗り切ろうとするのはこの国の常道だ。不足部分は先生たちに頑張ってもらって補ってもらおう、そのために教員の多忙化がさらに進んでもかまわない、そのために教員志望が減っても、はたまたひとりもいなくなっても、国の発展のためだ、みんなで我慢して頑張ろう!

 G7の中では米・英・加に続く第4位、後ろに独・仏・伊を従えている、それでいいじゃないか、世界全体でも米・英・中・加に続く第5位、それでは満足できないのだろうか? これで我慢ができなければ、あとは教育増税くらいしか思いつかないのだが、教員が苦労するのはかまわないが自分の懐が痛むのはダメだというマスコミ関係者も少なくない。
 結局、根本的な対策は行われず、マスコミはこぶしを振り上げ、文科省・教員はソッポを向いてとぼけ、そして現場だけが疲弊するわけだ。
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付録:THE世界大学ランキング評価の観点
教育(学習環境):29.5%
・ 教育の評判: 15%
・ 教職員と学生の比率: 4.5%
・ 博士と学士の比率: 2%
・ 学術職員に占める博士号取得者の割合:5.5%
・ 機関収入: 2.5%

研究環境: 29%
・ 研究の評判: 18%
・ 研究収入: 5.5%
・ 研究生産性: 5.5%

研究の質: 30%
・ 引用の影響: 15%
・ 研究力: 5%
・ 研究の優秀性: 5%
・ 研究への影響力: 5%

業界: 4%
・ 産業収入: 2%
・ 特許: 2%

国際的な見通し: 7.5%
・ 留学生比率:2.5%
・ 外国人スタッフの割合: 2.5%
・ 国際協力: 2.5%

(以上、2024 年世界大学ランキング: 方法論より)