キース・アウト

マスメディアはこう語った

札幌市内の中学校の、学級編成書類の情報漏洩事件、マスコミはだれも生徒の非を追及しないが、生徒がスマホで撮影さえしなければ情報は頭の中にしか残らず、これほどの大事にもならなかったはずだ。あんな危険な、そして学校の勉強に必要のないスマホを、誰が学校に持ち込むことを許したのだ? 

(写真:フォトAC)

記事

 

生徒“中傷する”内容も…267人分の情報流出し2000万回以上閲覧 教諭が置き忘れ 札幌市
(2024.06.06 日テレニュース) 

news.ntv.co.jp

北海道札幌市内の中学校で生徒267人分の個人情報が書かれた資料が生徒に撮影されていた問題で、内容がネット上に流出していたことが分かりました。その中には、生徒を中傷するような内容もあったということです。

中学1年生267人分の個人情報の一部がネットに流出した札幌市の中学校。SNSで2000万回以上閲覧された画像には、生徒への中傷ともとれる内容が書かれていました。

流出した資料には、生徒の学習状況や友人関係、さらには性格や家庭状況などの個人情報が書かれていて、中には生徒が傷つくような内容もあったといいます。
(以下、略)

【問題の所在】

 さまざまに評価されるニュースであるが、大別すると、
① 学校のセキュリティの甘さを問うもの

  • 職員室から持ち出してよい書類ではない。
  • 書類を紛失した教諭の対応が遅れたことに問題がある。

② 学級編成書類に書かれた内容を問うもの

  • 教師の生徒を見る目が冷たい。
  • まるで悪口・中傷のような書き方がされている。
  • 生徒の学習状況や友人関係、さらには性格や家庭状況などの個人情報が書かれている
  • ADHDやLGBTQの疑いなど、プライベートなことが話題にされている。
  • 家庭や保護者に関する情報まで共有されていることには問題がある。

③ 生徒の質を問うもの

  • 先生の忘れ物に気づいたら届けるのが当たり前ではないか。
  • 中身を見てしまったら畏れて触らないような子であってほしい。
  • 個人情報、特に他人に個人情報は、ネットはもちろん、仲間同士でも共有してはならないのは当たり前だ。

【「お子様無罪」「造反有理」】

 どれもこれも一理ある話だが、③に関してはSNSやニュースのコメント欄には指摘があるものの、マスコミには決して現れない指摘だ。マスコミの「お子様無罪」「造反有理」は今回も徹底している。
 取り上げた日テレの記事も、
「流出した資料には、生徒の学習状況や友人関係、さらには性格や家庭状況などの個人情報が書かれていて、中には生徒が傷つくような内容もあった」
――だからそれを撮影して証拠として残した生徒たちの行動は是認できるし、保護者に見せて大人社会に通報したのもやむにやまれぬ行動であった。
 また、先月24日には市教委が「SNSへの拡散といった事実は認められていません」と発表し、まだ誰も世間に公開していない事実に気づいた“無名の正義の士(=生徒)”は、6月5日になってようやく投稿し、教員の非道を言わば内部告発したのだ。
といわんばかりである。
 子どもは「子どもである」というそれだけの理由で、罪と罰から免れているのだ。

【これが中傷なら学級編成なんてやってられない】

 教諭が紛失した書類は1年生の学級編成のためにつくられたメモだったようで、内容は
 別の記事によると、
 『生徒を「頑張り屋」や「だらしない」と評したり、「低学力」や「周りから信頼がない」と指摘したりしている』(2024.06.07読売新聞
『社会性に欠ける』『ADHD的な面もあり(診断なし)』『女友達が多い。LGBTQかも?』(2024.06.05 HBCニュース北海道
といったものらしい。
 社会性に乏しい子、ADHDの疑われる子は注意深く見ていてやらないとすぐに孤立したりいじめられたりしてしまう。LGBTQの可能性のある子についてはさらに注意深く対応し、職員全員で情報を共有し見守る必要があるだろう。だらしない子も、周りから信頼されない子も、低学力の子も、みんなこれから教師たちが育てて行かなくてはならない子たちだ。頑張り屋さんは教師みんなで覚えておいて、機会があったら誉めてやろう。

 この程度を中傷といって情報交換のテーブルから外し、記録として残すことが否定されるなら、非行もいじめも話題にできない。Aは非行少年だという先入観を与え、Bはいじめの加害者だ、Cはいじめられっ子だと、本人も認めていないことを教員同士て話し合うことも中傷に当たるかもしれない。それらすべてに口をつぐんで、その結果ふたを開けたらいじめっ子といじめられっ子が同じクラスになっていたということがあったとしても、裏で教員同士が個人情報をやり取りしている現状よりははるかにマシである――そんなふうにマスコミ諸氏は思っているのだろうか?

【事件を防ぐ手立ては他にもあった】

 この事件、書類を置き忘れた教師に一番の罪があるのは論をまたない。書かれていた内容については、致し方ないと私は思う。教育評論家は
表現としてもっと別の言い方、考え方とか、とらえ方があるだろう
などと言っているが、4月のクソ忙しい時期にやり取りされる書類に、表現の工夫をするなどとうていできるものではない。
教員は信頼に足る。子どものためにならないことは絶対にしない。
 だから大切なのは何が語られたかよりきちんと隠せたかどうかである。
  
 取り上げた記事の割愛した部分にはまた、
10数名の生徒が資料を見てしまい、そのうち何人かの生徒がスマートフォンで写真を撮っていたことが判明しました。
ともある。
 そうだ、この事件は生徒がスマホを持ってさえいなければこれほどの大事にはならなかったし、情報の流出は頭の中だけで済んだ。それが今回は画像となって世界じゅうに出回ってしまった。学校の勉強に必要のないスマホを、誰が学校に持ち込むことを許したのだ? 

kieth-out.hatenablog.jp

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