(写真:フォトAC)
記事
精神疾患による休職率が高い「小学校の先生」、改善の兆し見えず…先生たちを追い詰める"悪しき習慣"がメンタル不調を引き起こしている
松尾 英明 : 千葉県公立小学校教員
(2025.12.29 東洋経済ONLINE)
近年、教員のメンタル不調や休職が増加し続けています。この状況は、単に「忙しい」「業務が多い」という表面的な問題では片づけられません。私は現場の教師として四半世紀、また講演や研修を通じて多くの先生方の声に向き合ってきました。
そこで確信しているのは、教員のメンタル不調の根源には、「境界線の崩壊」と「過剰な親切の文化」があるということです。この構造は、教師の心をすり減らすだけでなく、実は子どもの主体性も奪っています。
(中略)
もともと学校には、「子どもの領域」「家庭の領域」「教師の領域」という3つの線引きがありました。しかし近年、この境界線が溶け、次のような状態が常態化しています。
- 子どもが困る前に、教師がすべて先回りして解決してしまう
- 保護者から頼まれると、断るという選択肢をとれない
- どんなトラブルも「学校が何とかすべき」とみなされる
(以下、略)
評
記事を書いた松尾英明という人は千葉県公立小学校の現職教員、1979年生まれというから今年46歳の気鋭の論者である。私が教育関係のWebサイトを立ち上げたのもちょうど46歳の時だから、教員として20年を超える経験をしてきて、最もモノ言いたい時期なのかもしれない。
【現職教師は謙虚に過ぎる】
ただし“現職”はモノ言う上で有利な側面があるのと同時に、現職だからこそ見えなくなることもある。例えば、「境界線が溶け、次のような状態が常態化しています」と列挙した三点のうち、最初のふたつは明らかに教師に責任があるという話だ。「先回りをして解決してしまう」のも「保護者の申し出を断れない」のも、誰かに強制されたわけではない、教師が自ら行ったことだ。
さらに三つ目の『どんなトラブルも「学校が何とかすべき」とみなされる』状況ができてしまったのも、考えようによっては先輩教師たちが安易に「何とかしましょう」と答え、実際に何とかしてきた経緯があってのことだとも言える。
つまり“境界線の曖昧化”は教師たち自らが招いた災厄だと松尾は論じるのだが、それはあまりにも謙虚に過ぎる話だろう。実際はそうではないのだから。
境界線を崩壊させたのも、過剰な親切の文化をつくってきたのも、学校でも現場の教師たちでもなく、文科省と都道府県および市町村の教育委員会なのだ。彼らが社会の圧力に屈して、“そうします”と譲歩し続けた結果、今の状況が生まれた。それなのに“現職”に聞けばすぐにへりくだって、自分たちが悪いという話にしてしまう。
【平成前期における学校の大敗北】
――学校と家庭と社会の境界線を崩壊させ、過剰な親切を行うという文化はいつ始まったのか。
答えは簡単だ。平成不況が一過性のものでなく、かなり深刻で永続的なものになるだろうと皆が思うようになった平成5年~20年ごろにかけての時期。
――なぜ譲歩を重ねることになったのか。
大変な就職難で非正規労働者が巷にあふれ苦労している状況を尻目に、教員たちは子ども相手の楽な仕事で高給をもらい、長期休業もたっぷり享受して、そのくせいじめ問題ひとつ解決できない(愛知県西尾市中学生いじめ自殺事件など)、解決しようとしない、その状態に厳しい批判が集まったため。不運なことに平成2年から完全学校5日制が始まっており、そこに授業時数を大幅に減らした「ゆとり教育」の開始が被さって、教員は楽をしているという印象はますます広がった。そのため政府は、「教員が怠けないようにしっかり管理します」という立場と、「子どもたちが苦労することなく、高い学力を獲得することを保証します」という姿勢をはっきり見せなくてはならなくなった。
――実際に、何をしたか。
- 「総合的な学習の時間」という、これまでにない学習を創設して、担任教師に背負わせた。「生きる力」という世界の初等・中等教育史上、例をみない高い目標を掲げ、実施させた。教科書も具体的な内容も示すことなく「つける力」だけを明示したため、すべて教師たちが膨大な時間をかけて教材をつくらなくてはならなくなった(平成12年)。
- キャリア教育という名の就労教育を、小中高と連続的に行えるようにし、「小学校の担任でもその子の就労に責任を持ちます」という姿勢を明らかにした。中高の職場体験もこのとき始まり、協賛企業を開発し、良好な関係を維持するという厄介な仕事が加わった(平成12年)。
- 東京では長年続いてきた東京方式(労働者としての休憩時間すべてを放課後に集めて、午後四時には退勤できる)を廃止した(平成12年)。
- 「全国学力学習状況調査(全国学テ)」を行い、市町村どうし、あるいは学校どうしを競わせ、成績の低い学校に圧力をかける仕組みを構築した。それとともに「教員評価」「学校評価」を実施させ、保護者・地域・児童生徒・教員どうしの監視体制をつくった(平成18年)
- 十分に内容を減らさないまま時数だけを減らした「ゆとり教育」を始めた(平成14年)。時数が減った分ゆとりがなくなり、授業内容が濃密になってかなり苦しくなった。
- 「ゆとり教育」批判のもと、「ゆとり教育」で減った時数・日数を増やさないまま、学習内容をほぼ旧に復したため、完全に苦しくなった(平成20年)。
- 教員の自腹で、教員の時間を使い、現場教師ならほぼ理解していることを学び直す「教員免許更新制」が始まる(平成21年→令和4年廃止)
など
――なぜこれほどの大改革が可能だったのか。
ベテラン教師たちは慣れた仕事への上乗せだったので何とか耐えられた。若手・新卒などは平成大不況の30倍近い競争を勝ち抜いてきた超エリートだったため、過剰な仕事を軽々と担えた。
今日の学校問題(早期退職や精神疾患続出など)の大部分は、「普通の人」が教員になるようになったために起こり始めたことである。
【ではどうしたらよいか】
記事を書いた松尾は、
- 「学校の役割」の線引きを組織として共有する
- “子どもが自分でやる余白”を意図的に残す
- 管理職と同僚が「助けを求める文化」をつくる
の三点を解決策として提示しているが「学校(具体的には各校の校長)や教員で自覚をもって頑張りましょう」という提案は実現しない。子どもに向かって「自覚を持って勉強しなさい」と言えば勉強だろうと考えるのと同じくらい無意味なことである。
そもそも「学校の役割」の線引きは、学校ごとで行える問題ではないだろう。すでに文科省は平成31年(2019年)の中教審答申で学校の業務を次の3つに分類しているが、6年経っても実現しないのは、線引きなどできないからである。
ではどうしたらよいのか――先にあげた平成5年~平成20年の大改革をすべて元に戻し、昭和の末期から考え直すことである。もちろん文科省官僚や地方教育委員会だけでできることではない。政治家が有権者におもねることなく、国家百年の大計として考えるべきことだ。それができる政治家だけを、私たちが選べばいい。