いつに再開されるかわからない学校教育を待ってイライラするより、子の技術家庭科能力を高めて、近い将来、自分が楽をできる道を探る方がいい

 いっそのこと9月まで待って新学期を始めようという話が出ているが、冗談じゃない。
 この先4カ月も待っていられるか。
 そのうえで10月以降に新型コロナ感染、第3波、第4波となったらどうするんだ。
 ――と、いろいろツッコミどころのある今の事態だが、
 先が見えないことにイライラするより、
 この際“ウチの子”を優秀な家庭人に育て上げ、調理・裁縫・家庭衛生の肩代わりをさせられるようにしておいたら、きっと未来は楽になる、親にとって。
という話。

f:id:kite-cafe:20200429161818j:plain(「 餃子を作る女の子達6 料理 お手伝い」フォトACより)

 

記事

 日本人の「手作り布マスク」を見て、中国人が「この発想はなかった」と感動するワケ 
      中国は果物の皮で代用しているのに

中島 恵
(2020.04.29 PRESIDENT Online)

president.jp

「中国との違いに驚かされる」と投稿
「日本のニュースやSNSを見ていると、本当に素敵な手作りマスクをしている人が多くてびっくりします。特に知事! 中国との違いに驚かされるやら、感心するやら……」

4月中旬、上海在住の中国人女性が中国のSNSにこんなコメントを投稿しているのを見かけた。そこには中国のニュースサイトで紹介されていた小池百合子東京都知事がしている手作りマスクをはじめ、地元の粋な手ぬぐい生地を使ったマスクを着用している達増拓也岩手県知事、奥さま手作りの鮮やかなマスクをしている玉城デニー沖縄県知事などのマスク姿の写真がズラリ。ほかにデニム生地や福岡県の久留米絣などの素材を使ったマスクも紹介されていた。

(中略)

しかし、日本人が使っているような手作りマスクをしている人は、中国のSNSやニュースでも、全然見かけなかった。その理由はなぜなのか。日本に3年ほど住んだ経験のある中国人女性に聞いてみたところ、こう推測する。

基本的な裁縫ができることに驚いた
「中国でも、特に内陸部に行けば、刺繍をしたり、編み物をしたり、子どもの服を作るなど、手芸をする女性はもちろんいます。手芸というよりも、昔は必要に迫られて作っていた家事の一つでした。でも、現在、都市部の比較的若い世代で裁縫ができる女性はあまり多くはありません。ネットで布を購入して、コスプレ用の派手な衣装を作ったりする若い女性はいるのですが、そもそもミシンがある家庭自体、少ないでしょう。それが理由の一つだと思います。


私が日本に住んでいたときにとても驚いたのは、多くの日本人女性は基本的には裁縫ができる、ということでした。面倒だからしないとか、上手じゃないから作らない、という人も当然いるでしょうが、日本ではほとんどの女性が学校で裁縫を習ったことがあるんですよね。確かに、日本の女性にとって、幼稚園に通う子どもの袋とか、夫のワイシャツのボタンつけとか、日常生活の中で縫い物をしなければならない場面はけっこう多い。

学校のバザーなどもあると聞きました。だから、マスクがないなら布を買ってきて、自分でマスクを作ろうと考える人が大勢いるんだ、ということにも納得します。これは日本人、特に日本女性のすばらしいところだと思います」


中国の主要な公立学校に「家庭科」はない
このようにいわれて私もハッと気づいたのだが、中国の小中学校には基本的に「家庭科」の授業は存在しない。すべての学校で導入されていないのかどうかは分からないが、少なくとも、北京や上海の主要な公立の小中学校には「家庭科」という科目はない。

受験に必要な科目が重視され、勉強以外のことをわざわざ学校で学ぶということは、中国ではほとんど行われないからだ。そのため、手縫いか、ミシンかにかかわらず家庭で習わない限り、縫い物をした経験のある中国人女性は非常に少ない。その女性に「家庭で裁縫が必要になったときはどうするのか?」と聞くと「お手伝いさんかお店の人に頼む」と話していた。中国では、お金を出せば、必ず誰かが商売としてやってくれる。
(以下、略)

 

  この件についてはすでにブログの方でも書いた。

kite-cafe.hatenablog.com  今や我が国においても、親が子に調理や裁縫を教えるということが少なくなった。技能がないのではなく、時間がないのだ。したがって“家庭生活の送り方”といった当たり前のことも、学校で教えなくてはならない重要な項目となり果てた。極めて残念なことである。
 しかしそうした背景があってのこととはいえ、我が国の場合、これをかなりうまくやることができた。

 イクメン・ブームだとか、グルメ男子だとか言っても、基礎的な技術がなければ何も始まらない。その点で早くから家庭科の共修を始めた日本は、今まさに成果が花開きつつあると言えるのだろう。

 私たちは家庭科をもっと重要視しなくてはいけないし、家庭科のできる子をさらに高く評価する必要があるだろう。
 それが今回のコロナ禍の中で学んだ大切なことのひとつである。

 なお私も「家庭科」は日本独自に近いものだと思っていたが、調べてみるとそれに類するものは世界各国で行われていて、平成17(2005年)3月の国立教育政策研究所発表「家庭科のカリキュラムの改善に関する研究-諸外国の動向-」に詳しい。

 ただしアメリカで顕著なように、全体として「Home Economics(家政学)」から「Family and Consumer Science(家族と消費者の科学))といった方向への流れがあり、“家でボタン付けができるように”“お弁当も自分のぶんくらいは自分で作りましょう”から、“服飾デザイナーへの道”“レストランオーナーになるために”みたいな方向に進んでいるように見える。育児も衛生管理も“ベビーシッターになるために”“ハウスキーパーへの道”ということなのかもしれない。
 いずれにしろ、マスクが買えないから自分で作ろう――という方向にならない(もちろんやれる人はいる。そして販売に結び付ける)し、それでいいとも思わない。

 災い転じて福となす――。
 今回の新型コロナ禍は不幸に違いないが、その中にたったひとつでも “幸い”を生み出したいと私は思う。
 例えばいつ始まるか分からない(そして使えるかどうかも分からない)オンライン教育を待つのではなく、子どもと過ごす長い長い時間を、家庭科の学習に使ってみるのはどうだろうか?
 一緒に手縫いマスクをデザインして古い洋服を裁って縫う、あるいは毎日の献立を一緒に考えて、学校再開までの間に10品くらいの調理ができるようにする。

 共同制作は人間関係を近づける。
 家庭人としての子の技能も高まり親子関係も良くなる、こんないいことはないではないか。