(写真:フォトAC)
記事
〈急増する不登校児〉勉強への過度な期待とノルマが、生徒だけでなく教師まで追い詰めている令和の教育環境
(2025.0802 集英社オンライン)
不登校児は全国で100万人近い可能性も…
近年急増している不登校児。文部科学省の調査では10年前と比べると、倍以上の生徒が学校に通えなくなってしまっている。そこには環境的な要因が関係していると指摘するのが精神科医の本田秀夫氏だ。現在の学校教育におけるノルマ化とダメ出しの弊害とは?
書籍『発達障害・「グレーゾーン」の子の不登校大全』より一部抜粋・再構成して紹介する。
学校にはノルマ化とダメ出しが多すぎる
不登校の背景は、子どもによって異なります。多くの場合、原因は一つではなく、学校での悩みごと、学校以外での悩みごとなど、さまざまな要因が関わっています。
(中略)
私は、学校生活にノルマ化とダメ出しが多すぎることが、不登校の環境的な要因になっていると考えています。
「入学のしおり」が厳しすぎる
小学校の「入学のしおり」で、新入生に身につけてほしいこととして、次のような項目が挙げられているのを見かけたことがあります。
- 人に呼ばれたとき、「はい」とはっきりと返事ができる
- 人の話をしっかり聞ける
- 自分の名前や家族の名前が言える
- 自分の名前(ひらがな)を読むことができる
- 自分で身の回りの始末をすることができる
- 自分で洋服を脱いだり着たりすることや、脱いだものをたたむことができる
このような行動を、入学するまでに家庭で教えておいてほしいという話なのですが、そう言われても、できない子もいます。大人にだって、人の話をよく聞いていない人や、脱いだ服をきちんとたたまない人がいるでしょう。
小学1年生向けの「入学のしおり」にしては、基準が厳しすぎます。
評
引用元がヘボいの引用者がアホなのか――。
前者だとしたら学会・マスコミ界はこんなトンデモ本(論証もされていない仮説を、飛躍した論理で主張したトンデモナイ本)を許容している自分自身を激しく糾弾しなくてはならないし、後者だとしたら著者は激しく抗議すべきだ。
- 人に呼ばれたとき、「はい」とはっきりと返事ができる
- 人の話をしっかり聞ける
- 自分の名前や家族の名前が言える
- 自分の名前(ひらがな)を読むことができる
等々が、
小学1年生向けの「入学のしおり」にしては、基準が厳しすぎます。
なら、小学校教育はどんな児童を前提として行えばいいのか?
昭和はいざ知らず、令和の小学校が保護者に期待できるのは、
(障害のある場合を除いて)
- オムツが取れている。
- 二足歩行ができる。
- 基本的な日本語ができる。
といった程度なのか。日ごろから「しつけは学校の仕事ではない。家庭がすべきだ」と主張している人も一緒に考えてほしい。家庭の教育力がこの程度で、しつけを任せたら何が起こるだろうか?
- 出生数が減って少子化しているにもかかわらず、高等教育に進学する層は拡大していて、(中略)その結果として、勉強の苦手な子が、無理な学習を強いられる場面が増えているように感じます
って、これがバブル期や15年~20年ほど前の話なら分かるが、お受験ブームなんて大昔からあって、現在はむしろ縮小気味ではないか。
- 最近の学校ではこのような行動がノルマ化していて、それができない子どもはダメ出しされることがあります。苦手なことは克服するように目標設定され、できなければダメ出しされるのです。
- いまの学校は平均的な子どもであっても、少し背伸びをしないと標準に到達できない環境になってきているように感じます。
これって教育の基本じゃないか? ダメだしするかどうかは別としても、学校が「苦手なことは克服するように目標設定され」るのは当たり前だし、それぞれの児童生徒が「少し背伸びをしないと標準に到達できない環境」は理想的な教育環境だ。
実力の範囲内、背伸びをしないで済む世界で、子どもは成長できない。100の力の子に100の力の課題しか与えずにいれば、子どもの力はむしろ弱まる。さりとて「思い切り背伸びをしても到達できない目標や標準」に向かわれば子どもは潰れる。それが常識的な考えかと思うが、本田氏は少しの背伸びも許さない。なにしろ彼の考える小学一年生は「自分で身の回りの始末をすること」「自分で洋服を脱いだり着たりすることや、脱いだものをたたむことができる」も困難な子たちだからだ。
もちろん世の中にそういう子はいる。しかしそうした子には別に手厚い支援をすればいいのであって、学校教育全体の水準を下げるべきではない。
私は「入学のしおり」の目標を、満点でなくてもよいからある程度、達成した子どもだけに学校に来てほしい。彼らこそ「小学校で学ぶ力のある子」「小学校で学ぶ姿勢のある子」で、通常、「児童」と呼ばれる共通の特性や属性をもった子どもたちである。
元高校教師で“プロ教師の会”代表の諏訪哲二はかつて、
「子どもは学校に来てはいけない。来ていいのは児童と生徒だけだ」
と言って就学には条件のあることを示した。しかし令和に至って、それすら不登校になりかねない高い目標になってしまったらしいのだ。
ほんとうにエライことだ。