半分眠りながら聞いていた、あの長く退屈な職員会議で耳に入ってきた内容が、いざというとき決定的に役に立つことがある。子どもの情報、心肺蘇生法、死戦期呼吸。

 学校の事故で子どもを死なせてしまった場合はニュースになるが、
 
救ったときはニュースになりにくい。
 
しかし先生たちは、万が一のときのために日夜努力しているのだ。
 
あの一見くだらない職員会議にも重要な意味がある。
という話。

f:id:kite-cafe:20201114095040j:plain
(写真:フォトAC)

記事 

 

心肺停止の男児救った救命リレー 教室で生きた「練習」

 (2020.11.12 朝日新聞デジタル

www.asahi.com 教室で心肺停止になった男児を教員6人のチームワークで救った宮崎市立江南小学校。心肺蘇生法の訓練を毎年続けてきたことが重大な局面で実を結んだ。教員の1人は過去にも救命活動に携わった経験があり、「落ち着くことの重要性を再認識した」と語る。同小には、県内外から激励のメッセージが届いている。

 児童に使用された自動体外式除細動器AED)。毎年の練習が生きた

 男児は入学前から心臓に疾患を抱えている。4年前、応急手当普及員の資格を持つ吉瀬恵子養護教諭が赴任。男児に「もしも」のことがあった場合を想定した訓練の開催を提案し、以後、毎年実施している。

 直近では今年6月にあり、教職員46人のうち約30人が参加した。男児が授業中に心臓発作を起こしたという設定。担任の別府貴裕教諭が異変を知らせ、教員たちが一人一役で119番通報やAEDの操作、他の児童の誘導を練習した。

 実際に男児が教室で倒れたのは9月24日午後0時すぎ。このとき、6人が「まさに練習通り」に瞬時に役割を理解し、救急隊に引き渡すまでの約15分間に懸命の救助活動を続けた。吉瀬養護教諭は「私が現場に到着したとき、すでに男児に電極パッドが装着されていた。素晴らしいチームワークだった」と評価する。

 戸惑う場面もあった。学校に設置されたAEDは、訓練時に消防から借りたものと機種が違った。隈本加津美教諭は「電極パッドのコードが最初から本体に接続されているタイプだった。落ち着いていればわかることだが、急いでいてすぐに判断がつかなかった」と振り返った。

 男児に心臓マッサージを施した田上政宏講師は昨年2月ごろ、宮崎市内の海岸で一緒にサーフィンをしていた知人がおぼれて心肺停止になる状況に居合わせた。その際も心臓マッサージをしたという。

 「救急隊からは正しい対応だったと言われたが、知人には後遺症が残ったと聞く。冷静になればもっとできることがあったはず。今回は冷静になることを心がけ、119番をほかの人に任せて心臓マッサージに専念する判断ができた」

 10日付本紙宮崎版や朝日新聞デジタルで救助の模様を報じた後、江南小には激励のメッセージが県内外から10件ほど届いた。4歳児を持つ東京の男性からは「先生方の勇気ある適切な対応に胸が熱くなりました」。復興庁の職員からも「迅速で落ち着いた行動が倒れられた子の命を救ったのだと思います」。

 助かった男児の保護者からも感謝の言葉とともに「(息子の通う学校が)本当に誇らしいです」とのメールが寄せられたという。(高橋健人)

 

【教員はこうしたことに長けている(?)】

 東日本大震災の際の被災地の校長先生の話だったと思うが、1次避難所から2次避難所、そして計画になかった第3避難所・第4避難所へと移動する過程で、先生たちが自然に分担を進め、ある教師は先駆けとして数十m先に行って様子を見、子どもの集団の先頭ではときどき振り返って確認しながら隊を引っ張る先生、中間で子どもたちの様子を見る守る先生、しんがりで子どもを押し上げる役を担う先生と、自ら進んで子どもを守る態勢を作る先生たちの様子を紹介した後、
「先生という人たちはこういうことをやらせると実にうまい」
という表現があってずいぶん感心したことがあった。
 以来そうした臨機応変の役割分担・責任分担は教員の特技と思っていたが、一般社会ではどうだろう?

 考えてみれば大規模な火災や事故に際して近くの工場の従業員が一斉に駆けつけて救助にあたったとか、津波や洪水では自ずと地域住民が助け合い難を免れたという話はいくらでもあるから、それは教師に限らない日本人の特性なのかもしれない。
(私はここでいつもの通り、「それは日本人がそうした能力を、幼稚園のころから給食当番や日直当番で、小学校に上がってからは児童生徒会活動や学校行事などの特別活動で毎日毎日、何百時間もつかって培ってきたからだ」と言いたいのだが、今日はやめておく)

 

【学校だけの特殊事情、学校に普遍的な事情】

 ただ、
このとき、6人が「まさに練習通り」に瞬時に役割を理解し、救急隊に引き渡すまでの約15分間に懸命の救助活動を続けた。吉瀬養護教諭は「私が現場に到着したとき、すでに男児に電極パッドが装着されていた。素晴らしいチームワークだった」と評価する。
の中に一般社会では決してありえないことがひとつだけあって、それだけは伝えておきたいのでここに取り上げる。
 それは倒れたのが他ならぬ「入学前から心臓に疾患を抱えているその子」だということを6人全員が知っていたということである。そうでなければここまで早い対応はできなかったはずだ。もしかしたら毎年の訓練の際も、心配な児童の名前はいつも何人かの頭の中に浮かんでいたのかもしれない。それが「心肺蘇生法の訓練を毎年続けてきたことが重大な局面で実を結んだ」の真の意味なのである。

 自信を持ってそう言えるのは、自分自身に似た経験があるからだ。正確に言えば私自身は当事者ではなく、他の学校に転出した後で起こった事件だが、一人の児童が教室で倒れ、その瞬間に担任教師は応急処置を始めるとともに近くの子どもに指示を出し、隣の教室の担任と養護教諭、そして副校長を連れてくるよう言って走らせた。


 すぐに駆け付けた隣のクラスの担任は教室に足を踏み入れる間もなく取って返して体育館に向かい、AEDを抱えて戻って来る。その間に養護教諭が教室に到着し、すでに心臓マッサージを始めていた担任に声をかけるとともに子どもの衣服を緩め、AEDのパッドを装着する準備を始める。
 その日、幸いなことに校内にいた校長は副校長とともに現場に駆け付け、その場所から携帯で救急車の要請をおこない、副校長は集まってきた他の先生方とともに教室の子どもたちや廊下に集まってきた他のクラスの子どもたちを現場からは慣れさせる――。ほどなく到着した救急車に乗せられた児童は、病院に送られ一命をとりとめたのである。

 なぜそんなに適格な行動ができたのか――それは引用した新聞記事にあるのと同じで、教職員が毎年心肺蘇生法の講習を受けていてやり方だけは知っていたこと、そしてもうひとつは倒れた子がどんな子なのか、教職員全員が知っていたからである。
 この子が倒れたら無条件で心肺蘇生を始め一刻でもはやく救急車を呼ばなくてはいけない、迷う必要はない、と――。

 

【無味乾燥な職員会議の重要な意義】

 実質的な教育内容や行動を話し合う学年会や教科会は、内容が具体的で明日の仕事に直接かかわるため必要性なことはわかる。しかし職員会議はなぜかくも長く退屈なのか、何の意味があるのか。他の学年の旅行行事や子どもの様子など、聞いたところで頭にも入らないし役にも立たない――若いころはよくそんなふうに考えたものである。しかし教師としての実力がついてきて自分のクラスだけでなく、他のクラスや他学年にまで目が向けられるようになると、無意味な職員会議の重要な意味が分かってきたのである。

 もちろんすべての教育内容が会議の俎上に上げられればいろいろ助言もできるといったこともあるが、決定的なことは、万にひとつあるかないかの危機に際して、自分の同僚や子どもたちに対して何ができるか知識として詰め込んでおけるということである。
 例えば他学年が修学旅行先で事故に遭った場合あるいは病人が出た場合に、学校に残っている職員が旅行隊の居場所や次の予定を知っていることは重要だ。緊急事態に現場ができることは限られている。現場近くの病院を探したり、本隊の誘導先を探したりといった仕事がすべて学校に任されることだってあり得る。そうした瞬間に全員が機敏に動くためには、職員会議という、あの長く、退屈な情報共有の時間が必要なのだ。
 ましてや日常的に心停止の可能性のある子どもやアナフィラキーショックの可能性をある子の情報は、全員がつかんでいなくてはならない。子どもは必ずしも担任や養護教諭の前で倒れるわけではないからだ。

 

救急救命の成功例も大事だ】

 今回引用した宮崎市立江南小学校の例は、だから珍しいことではない。しかし珍しくもないのに市から感謝状が贈られた(*1)という点では珍しい。
 教員として当たり前のことをしたのに表彰されるとは、校長もよく受諾したものだ――そういう考えもあるかもしれない。
 しかし私は、教師というのがどういう存在なのか、日ごろどれほど気を遣って万が一のために備え努力しているかを知ってもらうためにも、この人たちが表彰されるのは良いことだったと思う。

 私たち(正確に言えば広い意味での私たちの仲間)は――9年前、死戦期呼吸に関する知識がなかったばかりに大切な若い命を指の間から滑り落としてしまった。3年前にも同様の事故が起こった(*2)。そういった救急救命の失敗例はニュースになりやすいが、生徒の命を救った話は報道に載りにくい。

 失敗から学ぶことはもちろん重要だが、成功例から意欲を喚起することも大切だろう。
 朝日新聞には感謝したい。

(注釈)
*1

www.asahi.com*2

www.asahi.com(参考)

kite-cafe.hatenablog.com