キース・アウト

マスメディアはこう語った

ようやく教員免許更新制度の廃止が正式に決まった。「お前たちはバカだから、“自信と誇りを持って教壇 に立ち、社会の尊敬と信頼を得ること”ができるように、更新制を用意したから自腹を切って受講しろ」と強要された制度がなくなるのはいいことだが、この14年間の屈辱を、政府はどう償ってくれるのだ?

f:id:kite-cafe:20220228093157j:plain(写真:O-DAN)

 

記事

教員免許更新制7月廃止を閣議決定

(2022.02.25産経新聞

www.sankei.com

 政府は25日、教員免許に10年の有効期限を設けている教員免許更新制の規定を削除して施行日を7月1日とする教育職員免許法改正案を閣議決定した。開会中の通常国会で成立すれば、今年7月1日以降に期限を迎える教員は更新講習受講などの手続きが不要になる。

 更新制廃止後も教員の質を確保するための方策として、教育公務員特例法改正案に教育委員会に個々の教員の研修受講履歴を管理することを義務付ける新たな仕組みを盛り込んでいる。校長には教員の経験や適性を踏まえ、受講すべき研修について助言するよう求める。文部科学省は新たな研修制度について令和5年度の開始を目指している。

 更新制は、第1次安倍政権だった平成19年の法改正により、21年から導入された。期限前の2年間のうちに30時間以上の講習を受けて修了する必要があり教員の多忙化の一因とされてきた。人材確保に影響を与えて教員不足につながっているとの指摘もあることから文科省が廃止を決めた。

 

 評

 この記事の一番良いところは最後の一行、
人材確保に影響を与えて教員不足につながっているとの指摘もあることから文科省が廃止を決めた。
である。要するに政府の事情によって廃止するのであって、教員を思ってのことではない。

 

 教員免許更新制は、それがなかった時代に比べて“手続きが面倒だ”ということはあっても、多忙化という点ではさほどの負担ではなかった。実際の研修は夏休み中に行われ、更新講習を受ける教員はその他の講習を免除されるのが普通だから、他の教員に比べて格段に負担が大きいというわけではない。しかもどんな場合にも全く役に立たない講習というものはほとんどないから、勉強好きの教員たちはそれ自体が嫌だったわけではない。講習のたびに書かされる感想欄にも「よかった」という声は多かった。

 

 問題は同じ国家資格である医師や看護師や弁護士と異なって、教師だけが更新講習を受けなくてはならないという差別的な恥辱である。しかも自腹で金を払って「やらせていただく」仕組みは、教師を傷つけた。

 

 もちろん自動車運転免許のように加齢や身体状況の変化によっては継続を思いとどまらせなければならない場合もあれば、電気工事士一種のように最先端の技術についていかれているか確認する必要のある免許もある。だが教職は人の命に直結するような職業ではない。研修も常に受けている。

 それにもかかわらず教員だけが更新講習を受けなければならないとしたら、それは「教員がバカだから10年に一度は調べるぞ」ということに他ならない。教員免許更新制は、そもそも指導力不足の教員排除のために考えられたものだ。

 

 ところが法的に“排除”が難しいということになって、目的が、
「その時々で教員として必要な資質能力が保持されるよう、 定期的に最新の知識技能を身に付けることで、教員が自信と誇りを持って教壇 に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることを目指すもの」
となってよけいに訳がわからなくなった。
 訳がわからないまま、教員は仕事を続けたいばかりに10年に一度、力量を伸ばせなかった罰金を支払うかのように3~5万円を納入し、この講習を受けてきたのだ。
 実に屈辱的な制度だった。

 

 もっともこうした屈辱的な職業だから教職が避けられ、教員不足が生じたわけでない。大学卒業の際に教職を選ばなかった人や途中退職した人が、講師あるいは教諭として学校に戻ろうとしたとき、すでに免許が失効しているという事態が多発したためである。もちろん受講料を払って更新講習を受ければいいのだが、それが意外と高いハードルになっていたのだ。

 

 教員免許更新制がなくなるのはよいことだ。しかしこの14年間に屈辱を味わった教師たちの恨みは、どう償われるのだろう。