キース・アウト

マスメディアはこう語った

「いまだに福井県では学校のトイレ掃除を子どもがやっているらしいよ。全国的には外部委託にしているところもあるのにね」――と、文章としては間違っていないが正しくはない記事を目にして、人々はどんなことを考えるのだろう?

(写真:フォトAC)

記事

 

小学校で児童がトイレ掃除…福井県外で育った女性「驚いた」 県内大半の公立小中で児童生徒が担当、全国的には外部委託も
(2023.11.21 Yahooニュース)

(見出しは違うが元記事)
児童が学校のトイレ掃除「驚き」…県外読者の指摘で調査 県内小中学校のほぼ全てで児童生徒が担当

(2023.11.21 福井新聞ONLINE

 福井県外で育ったという読者から「県内の小学校で児童がトイレ掃除をしていて驚いた」との投稿が、福井新聞の調査報道「ふくい特報班」(通称・ふく特)に寄せられた。投稿者が通っていた学校では、トイレ掃除は業者が行っていたという。県教委などによると、県内ではほぼ全ての公立小中学校で児童生徒が担当。全国的には外部委託するケースはあるものの、児童生徒が担う学校が多数派のようだ。

 投稿者は県内在住の60代女性。ふく特のLINE(ライン)に「公立の小学校から高校までトイレ掃除は業者がしていたので、娘や孫が(福井県内の)学校でトイレを掃除していて驚いた」とつづった。

 県内のある中規模小学校でトイレ掃除の事情を聴いてみた。この学校では昼休み後の15分間、1~6年生が学年をまたいだ縦割りで校内を清掃し、トイレは教員の見守りの下で5、6年生が担当している。清掃は火、木、金曜の週3日。教員の働き方改革の一環で児童の下校時間を繰り上げるため、数年前に従来の週5日から減らしたという。夏休みは教職員が校内を清掃するほか、PTAも年1回、奉仕活動でトイレなど校内を一斉に掃除している。

 新型コロナウイルスの流行後は教員がトイレを掃除していたが、今年5月の5類移行後に元に戻した。校長は学習指導要領を示しながら、児童がトイレなどの掃除を担う理由に▽自分で使う所は自分たちで掃除する▽奉仕や勤労、公共の精神を養う▽異なる学年間の交流が生まれる―などを挙げ、「教育的意義が大きい」と話す。

 県内小中学校のトイレ掃除について、県教委は「正確に全て把握していないが、公立の大半がトイレを含む校舎内の清掃を児童生徒が担っているとみられる」と説明。福井市教委や敦賀市教委も「各学校の判断」としつつ「ほとんどの小中学校で児童生徒が行っている」と答えた。

 全国的な傾向もほぼ同じようだ。ダスキン(本社大阪府吹田市)が新型コロナ流行前の2020年2月、全国各地の公立小中学校の教員計412人を対象に行ったインターネット調査によると、トイレ掃除を児童生徒が担っているとの回答は83・3%(小学76・7%、中学89・8%)。児童生徒以外とした学校は16・7%(小学23・3%、中学10・2%)だった。「児童生徒がトイレ掃除をしない場合、誰が担当しているか」の設問(複数回答)では、「専門業者に委託」や「用務の人」(施設技師)との回答が小中学校とも4割以上だった。


【なんと後味の悪い記事だろう】

 かつてほどではないとはいえ、マスコミ関係は今も人気の職業で、優秀な人間が集まりやすいところだと私は思っている。この記事を書いた記者もおそらく優秀なのだろう。それは確かだが、悪意をもってこれを書いたのか、単に無邪気なだけなのか、もし悪意の人だったら、これは相当に厄介な才能の持ち主だ。

 記事を要約すると、
「県外で育って現在福井県に在住する60代の女性の投稿をもとに、トイレ掃除まで児童が行う学校がどれほどあるか、子どもに掃除させることにどういう意味があるのか調べたら、どうやら教育的意義はとても大きく、福井県内の公立学校のほぼすべて子どもがトイレ掃除をしており、全国的にも子どもにさせるところが大部分のようだ」
ということになろう。
 大雑把に言ってその程度の内容であって、決して「学校職員がやれ」「外部委託にしろ」と言っているわけではない。全国的にも子どもがやるのが普通なのだからそのままでいいだろう、と言っていっている感じの文である。

 しかしそうだと分かっていても、読んだ後のこの後味の悪さは何なのだろう? いつものようにメディアに非難されたような、バカにされたような感じはどこから来るのだろう? --そう思って読み直すと、あちこちに文章上の仕掛けがあることに気づく。
 
 例えば少し離れたところにある次の二つの文章を、並べて読むとどんな印象になるだろうか?

  • ・校長は学習指導要領を示しながら、児童がトイレなどの掃除を担う理由に▽自分で使う所は自分たちで掃除する▽奉仕や勤労、公共の精神を養う▽異なる学年間の交流が生まれる―などを挙げ、「教育的意義が大きい」と話す。
  • 清掃は火、木、金曜の週3日。教員の働き方改革の一環で児童の下校時間を繰り上げるため、数年前に従来の週5日から減らしたという。

 校長自らが「教育的意義が大きい」と話すトイレなどの清掃は、火、木、金曜の週3日。数年前に従来の週5日から減らしたのである。しかもその理由が「教員の働き方改革の一環で児童の下校時間を繰り上げるため」
 教師が楽をするために教育的意義の大きい清掃は4割もカットされたというこの書き方、私が悪意か無邪気かと言うのはこのことである。悪意だとしたら相当に厄介な書き手だし、無邪気から来たものなら自らの文章の影響力について、もう一度学び直してもらわなくてはならない。

【不思議はむしろトイレ清掃のない学校の方だろう】

 そもそも県外出身者の投稿を見て、県内の学校の取材を始めたというところからして意味不明だ。投稿を読んで「投稿者が通っていた学校では、トイレ掃除は業者が行っていた」という内容に引っかかりを持ったら、まず調べるのは投稿者の通っていた学校の方だろう。
 
 清掃は日本の学校の大きな特徴のひとつで、エジプトなどでも数年前から日本をまねて学校清掃を始めているくらいだ(「日本式教育」で、子どもたちが変わる! エジプト)。常識的に考えても、日本中、少なくとも公立学校では児童生徒が清掃をするのは当たり前、トイレ掃除も例外ではない、そう考えるのが普通だと思う。
 実際に2008年、「横浜市は特別支援学校を除く全市立学校計500校で、児童・生徒によるトイレ清掃をおよそ30年ぶりに復活させる」というニュースが流れた時、大半の日本人が感じたのは「横浜市の子どもたち、トイレ掃除をしていなかったの?」だった。私もそうだった。
 ところが60代の女性が通っていた学校は、単純計算で最低でも54年前、横浜市に先駆けること10年以上前の1969年(昭和44年)ごろから、トイレ掃除を業者に委託していたらしい。どれだけ予算潤沢な自治体で育ってきたのか――私だったらむしろそちらの方に驚く。

 なぜ福井新聞はそんな素直な驚きに従って取材しなかったのだろう? 編集部のスタッフは、みな学校清掃のない豊かな地域の出身者ばかりなのだろうか?

福井新聞もYahooニュースも福井の教育に火をつける】

 それでも福井新聞は見出しが、
『児童が学校のトイレ掃除「驚き」…県外読者の指摘で調査 県内小中学校のほぼ全てで児童生徒が担当』
となんの色合いもないからまだマシだ。
 記事を転載したYahooニュースのタイトルは『小学校で児童がトイレ掃除・・・福井県外で育った女性「驚いた」 県内大半の公立小中で児童生徒が担当、全国的には外部委託も』
 確かに指摘すれば「全国的には外部委託もある」という事実を表題にしただけと言うに決まっているが、外部委託をにおわせることで世論を喚起しようという下心も見え透いているだろう。

 3年に及ぶコロナ禍を経て、日本人の衛生観念は必要以上に高まってしまった。学校で我が子がトイレ掃除をさせられているかと思うと気が狂いそうになる保護者だっているかもしれない。そんな声が多く集まれば、福井県の学校清掃もトイレ掃除を外部委託しなくてはならない。その予算は・・・。
 ある意味それは難しくはない。県や市が独自につけている教員定数外の教師(講師)を削ればいいのだ。そんなところからしか、予算を外して回せる場所がない。

 福井県は全国学テの成績も有数だから、少しぐらい教師が減ってもどうにかなるさ――と、福井新聞やYahooニュースは考えているのだろう。

【メディアが触れないこと】

 ちなみに、
「児童生徒がトイレ掃除をしない場合、誰が担当しているか」の設問(複数回答)では、「専門業者に委託」や「用務の人」(施設技師)との回答が小中学校とも4割以上だった。
とあったが、残る6割は誰なのだろう? 毎日来てくれる地域ボランティアもないだろう、PTAにやらせるわけにもいかない。すると自ずと6割の正体が見えてくる。しかし福井新聞もYahooニュースもその部分を扱わないのだ。