キース・アウト

マスメディアはこう語った

13%増という案もあった定額働かせ放題の教職調整額をやめて残業代を払うことにしたのは、結局、残業時間の上限を決めて、厳しく守らせた方が安上がりだと分かったからだ。 先生たち! 仕事は減らないのに調整額分の収入がなくなるよ、持ち帰り仕事をやめて、家に帰らず、できるだけ学校でやるようにしよう!

(写真:フォトAC)

記事

 

公立校教員に残業代支給を検討 定額廃止案、勤務時間を反映
(2024.11.03 東京新聞

www.tokyo-np.co.jp

 公立学校教員の処遇改善を巡り、残業時間に応じた手当を支払う仕組みを導入する案が政府内で浮上、関係省庁が検討を始めたことが3日分かった。採用すれば、残業代の代わりに一定額を給与に上乗せ支給する現行の「教職調整額」制度は廃止する。教員の長時間労働の解消が課題となる中、勤務時間を反映した賃金体系へ変え、管理職に過重労働を抑える動機が働くようにする狙い。
(以下、略)

【結局、残業代かい?】

 今年4月に文部科学省の諮問機関である中央教育審議会が「教職に残業代は馴染まない。その代わりに教職調整額を10%以上に引き上げよ」と答申した際*1、教員の一部から強い反発があった。*2
「残業代を強く求めるのは金が欲しいからではない。残業代を設けることによって現在の教職の無秩序な業務拡張、労働時間の延長を見直し、整理した上で、労働時間削減に向かう姿勢を生み出そうというものだ。調整額の増額は『定額働かせ放題』の再設定で、断じてとうてい容認することはできない」
というのが彼らの主張である。

 これにはかなり強力な援護があって同じ5月の23日、今度は財務相の諮問機関である財政制度等審議会が、「人材確保との関係」「民間や一般行政職とのバランス」などを理由に、10%以上の調整額の上乗せは適当ではない、と建議したのである。*3
 その後この話がどうなったのか分からないまま、いつの間にか“10%以上”が“13%”に落ち着いて、私は喜んでいた。もう退職してもらえる身分ではないが、良いことだと思ったのだ。ところがここにきての引用記事である。
「残業時間に応じた手当を支払う仕組みを導入する案が政府内で浮上、関係省庁が検討を始めた」
 要するに文科省財務省の間で何らかの合意あるいは歩み寄りができたということだ。何が起こったのか――。

財務省、しぶしぶ教員の超過労働を考えるようになる】

 財務省は大蔵省だった時代から一貫して“残業代”には否定的だった。
 あの平成大不況の際、教職調整額を、
「子ども相手の楽な仕事をしているのに、働かなくても貰える4%のヤミ給与」
と誤解した人々が、調整額を廃止して普通に残業代を払うよう激しく突き上げた際も、頑として応じなかった。

 それはそうだろう。基本給の4%は調整額創設当時の平均的な時間外労働(月8時間)に相当する額で、平均で80時間以上も働いている教員に残業代を払ったら10倍もの歳出増となってしまう。
 いったんは残業代設置で動きかけた文科省財務省も、以来20年以上に渡ってこの話題から目を背け続けた。それがここにきて変わったのは、言うまでもなく教職不人気のためである。
 
 「教職ブラック」の情報が繰り返し報道され、採用試験の競争率もダダ下がりに下がって、もしかしたら競争率も1倍を切り、恒常的な担任不在の状況が生まれるかもしれない。そんな状況でこれほど有名になってしまった「定額働かせ放題」に、何もしないという訳にはいかいだろう。しかしだからと言って“調整手当10%以上”は易々と認められる額ではない。

【結局13%増より残業代の方が安上がり】

 総務省などの計算によると、教職調整額を13%に増額した場合、年間の財政負担が国と地方の合計で約5580億円増えると見込まれるらしい。1兆円の半分を越える金額で1円玉(厚さ1.2㎜)を平らに積み上げていくと6万7000mにもなる高額。エベレストの7.7倍近くで軽く成層圏を越えてしまう。「さすがにそこまでは出せない」「なんとかならないか」というのが今回の見直しの出発点で、だから文科省財務省も歩み寄れたのである。
 
 政府としても調整額増額によって恒常的に出さなければならない5580億円より、どうとでもなる残業代の方が楽だという計算があったのだろう。残業代に上限が設けられているのは民間も同じである。一部の教員の言うように管理職が残業代を通じた管理を深めることによって、現場の労働時間を減らすことに成功すれば、「結果として財政負担も減る」との思惑もあるだろう。
 文科省財務省も調整額の13%増額に反対してきた教員も、皆一様に満足する「三方丸々得」の名案だと言える。

【誰も幸せにならず、教職人気も戻らない】

 ただし――、
 民間企業はただ単に残業時間に上限を設け、残りをサービス残業の強制で凌いでいるわけではない。有益な事業には金もひとも増やし、不採算の部門は丸ごと捨てるといったやりかたで労務管理もしている。
 学校はどうか? 小学校英語やプログラミング学習に手を広げたとき、何がなくなったか。道徳教育が「特別の教科」となった時、新たなひとはきたのか? 総合的な学習の時間ができたとき、キャリア教育が始まった時、それぞれ新たな教科担任は増えたのか――。
 仕事も減らさず人も増やさず、残業代の管理だけで労働時間を削減するには限度がある。だれも幸せにならない。

 

 既に昔の話だが、私が「共稼ぎ夫婦で子育ての真っ最中――」だったあのころは、勤務時間内に収まらない仕事はすべて家への持ち帰りで夫婦で頑張った。しかし「調整額がなくなって残業代が出る」となると、とりあえず調整額分の減収。その減収分を取り戻すには、最低でも夫婦どちらか一方が学校に残らないと減収のままだ。家の方に残ったひとりが子育てと家事のワンオペ(プラス従前の持ち帰り仕事)となる。

 いくらでも残業ができる“独身”や“子育て終了(親の介護前)”の教員たちは俄然、有利になる。仕事はいくらでもあるから、いつまでも学校にいて残業代を稼ぐ。しかしそんな不公平は管理職として許せないから、どうしても口うるさく言って帰そうとする。残業代がある時代になっても仕事を持ち帰らなければならない職員には不満が残る。関係が悪くなる。
 教職のブラック化がさらに深まる――。
(結局、仕事を減らすか人を増やすか、その同時をやるしかないのだ)


*1:

kieth-out.hatenablog.jp*2:

kieth-out.hatenablog.jp*3:

kieth-out.hatenablog.jp 

【11/5 追補】

 阿部俊子文部科学相は5日の閣議後記者会見で、公立学校教員の処遇改善を巡り、教員給与特別措置法(給特法)を廃止し残業時間に応じた手当を支払う仕組みを導入する案が政府内で浮上していることに関し「検討が行われているとは承知していない。給特法の廃止は考えていない」と述べた。

www.tokyo-np.co.jp

何が何だかわからないが、この報道が正しければ望ましいことだ。